733. 姿を変えて
 平成20年6月6日に亡くなったのが向陽高校の同級生の関良規君です。つい先頃のことのように思えるのですが、あれから一年が経ったのですね。月日の経過は本当に早いものです。命日となる今日、同級生四人で関君の自宅を訪れました。ご家族が訪問を歓迎してくれました。
 田辺市で開業していたアルル動物病院は平成20年12月末で閉鎖しました。関君が亡くなってから半年近く開業していたことになります。病院の患者さんのために直ぐに閉鎖するのではなくて、アフターケアのために半年間も継続させていたのです。ただ、先生のいない病院をこれ以上継続させることは困難ですから、患者さんには別の病院に変わっていただき閉鎖した訳です。

 関君の母親が昨年のことを思い出して話してくれました。自宅で療養している時も病院からの電話に応対し、看護婦さんに指示を出していたそうです。なんと亡くなる二日前まで患者さんのことを考えて、電話で治療の指示をしていたといいますから、自分の仕事を愛していたことが分かります。仕事ができることが如何に素晴らしいことなのかを分からせてくれます。亡くなる直前まで「仕事」を気にしていたように、仕事をしたくてもできない状況になることは想像以上に苦しいことなのです。ですから、仕事ができる喜びを感じるべきなのです。

 お供えを見ると、一周忌の前日の夜に同級生達が訪問していたことが分かります。母親は「一年経っても同級生がこのように来てくれることは幸せなことです」と話していましたが、その存在は生きている時と変わりません。そして「親類の兄さんが、片桐君が良規のことをホームページに丁寧に書いてくれていたよとコピーをくれました。読ませてもらいましたが、とても感謝しています」と喜んでくれました。
 あれから一年。世界的な経済危機が起こり厳しい生活環境に変化しました。ですが、この時代を生きていることに感謝すべきかも知れません。

 仏壇の関君と会話していると、何も変らないような佇まいがありました。自分は何も変わらないでいることが、変化に対応する秘訣のような気になりました。変化に変化で対応していても振り回されるだけです。変化すべきものなのか流行で終えるものなのか、自分の軸を安定させていると見極められます。最近の事例でも顕著です。新型インフルエンザへの備えとして必要以上にマスクや消毒に振り回されたように、世間に振り回されることが多いのです。常に動くだけではなくて、時には止まって自分の中心軸を確認したいものです。故人との対話は時を止まらせてくれたり過去に遡らせてくれますから、今を冷静に見ることができます。本日は、原点に返ることができる環境に身を置くことができました。

 その後、お墓参りに訪れました。平成17年に関君が関君の父親のために建立したお墓に、そのわずか3年後、自身が眠ることになったのです。真新しいお墓はとても悲しいものです。
 これからも立ち止まるべき時には時々ここを訪れて、関君と会話をしたいと思っています。

 ところで今日お参りした同級生の進んだ道はそれぞれ違っています。塾の経営者、銀行員、公務員ですが、立場は違っても今日の思いは同じだと思っています。
厳しい時代に立ち向かう私達を、関君は立場を変えて応援してくれている、何故か私達のために姿を変えてくれたような気がしました。今日の日に感謝しています。

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