調理師から身を起こして飲食店舗、数店を経営している経営者の方と懇談しました。一代でチェーン店化を図っているだけに、現場から離れても現場感覚をしっかりと身につけた経営を行っています。飲食業界は垣根を越えた闘いを繰り広げていて、和食と洋食の垣根が下がっているため、同規模のライバルがひしめき合っています。
「料理は作品でありお客さんに感動を与えるもの」であければならないとの考え方の下、創意工夫を行っています。料理は最初に見て楽しむものであり、次に味覚を楽しむものです。両方兼ね備えておかないと商品にはならないのです。ですから商品のデザインにも資金とアイデアを注ぎ込んでいて、新製品は資金力と技術力が必要であることが分かります。新製品を社会に送り出しお客さんに喜んでもらうことが使命であり、遣り甲斐を感じる部分です。その新製品の開発には資金力が必要ですから乱発する訳にはいきませんし、大手飲食店と違って出す限り失敗は許されません。
包装品、パッケージ、輪ゴムのひとつに至るまで、製品の味とイメージに合わせたオリジナルですから、新製品をお客さんにお届けするまでの経費は数百万円にも及びます。
デザインは製品の魅力を大きく左右しますから、一流のデザイナーの力をお借りすることになります。ここで金銭を節約すると製品力が落ちることになるのです。
そして勝負どころの味です。味は力であり、この力の有無が製品力に直結しています。デザインや広報力でお客さんに食してもらえても、味の満足感を与えないと次につながりません。ひとつの製品が仕上がるまでには、かなりの数の試作品を作っています。新しい試みの製品は、従業員と信頼できるお客さん数百名に試食してもらいます。その全てをアンケートに記入してもらい改善を加えます。何度か改良を加えて、凡そ約80%の人が満足する段階になって初めて製品化を図るのです。ここは経営者の勘と度胸です。勘は現場経験から来るもので、度胸は字自分を信じることから生まれます。そしてアンケートに書かれた製品を評価する言葉と数字は、経営者の決断と自信の裏付けになります。
決断の裏には充分な意見の裏づけがあるのです。最後に決断するのは責任者一人となりますが、そこに至る過程において何十人、何百人という人の意見を素直に聞き、そして製品に自信を持てるまで何度も改善を加えているのです。他人の肯定的な意見とかけた時間が決断を支えているのです。
この経営者の修行時代は、いくつもの飲食店舗を廻り修行を受け入れてもらったそうです。店舗を変えたのは理由があります。「ある店舗は味噌の使い方が上手い」「別の店舗は醤油の使い方に特徴がある」「またある店舗は鰹節に秘密がある」など業界の評判があるそうです。名人、達人と呼ばれる調理人の下で修行をすることは技術と技を良い意味で盗み、自分のものにすることなのです。そうした繰り返しの中で自分の技を確立していきます。自分で身につけたものは自分の意思によるものですから、独立した後も自分の意思に基づいた店舗経営が可能となるのです。その経験から「職人は自分の意思を持つべき」だと話してくれましたが、これは調理人の世界だけに限らないものです。
自分の意思に基づいて判断し行動することは、凡そ多くの分野に共通するものです。但し現在は、コントロールされシステム化されているので自分の意思が入り込む余地が少なくなりました。調理の世界でもマニュアル化と厨房のシステム化によって苦しい修行を重ねなくても、ある程度の料理は可能な時代になっているそうです。
しかし料理人は自分の意思を持って調理することが生命だそうです。コントロールされている限り、自分の意思で新しい製品を社会に送り出すことはできませんから、お客さんに自分の存在を問うことができないのです。それでは職人として寂しいことです。
自分の仕事には責任を持ち、この仕事が自分の意思によるものだと主張できる人間になりたいものです。
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