小学校の国語の授業で「スイミー」という題の物語を習います。
物語は次のようなものです。小さな赤い魚の中に一匹だけ黒色のスイミーという名前の魚がいます。小さいのですが泳ぐのは誰よりも速いのです。
ある日、巨大なマグロに小さな魚達は襲われ、スイミー以外全て食べられてしまいます。泳ぐのが速かったスイミーは逃げるのですが海が恐くなります。しかし海を泳いでいるうちに、色とりどりの生命が過ごす海の素晴らしさに気づきます。ある日、同じ魚の仲間に出会いますが、その小さな魚達は岩穴から出ようとしません。大きな魚に食べられてしまうので身を守るために外に出ないのです。スイミーは大きな海を旅しているため、岩穴にいるだけでは楽しめないことを知っています。小さな魚達に海の楽しさを伝え、大きな魚に対抗する手段として群れで泳ぐことを教えます。赤い魚は大きな魚の形の隊列をつくり、目の部分に黒色のスイミーが入ります。すると一匹の巨大な魚に写りますから、他の魚は寄って来なくなりました。小さな魚達は海の素晴らしさを体験できたのでした。
いくつかの教訓が込められています。小さくても色が他と違っていても、それぞれ誰でも何かの特長があること。成長するためには恐がらずに冒険をすること。知恵と工夫があれば力の強いものにも勝てること。仲間を信頼して強調すれば荒波を泳ぎきることが出来ること、なとです。
スイミーは名作のひとつで、本屋には小学校で習った名作集に掲載されているほどですから、記憶にある方も多いのではないでしょうか。人生を重ねて振り返ると、小学校で習った作品には生きるための教訓がたくさんあります。先生は自分の人生を重ね併せて、子ども達に思いを込めて教えてくれていたことに改めて気がつきます。先生から習えることは何と幸せなことなのか、今になると理解できます。
大人になると、自分で能動的に求めないと習う機会が少なくなります。
本を読むことは効果的な学習となりますし、パソコンで自習するのも手軽で良いことです。しかし先生について講義を受け議論を交わすことほど、学習の成果が上がることはありません。雑談のひとつでも後で役立つことがあります。時間短縮のために講義を受けずに本だけを読むケースが多いのですが、理解度は全く違います。
講義を受けるためには時間とお金、そして少しの勇気が必要ですが、講義を受ける体験は大人にとっても新鮮ですし、知識が高められるのは間違いありません。機会を見つけて受講したいものです。
小・中・高校時代は、時間もお金もそれほど捻出しなくても、毎日のように授業を受けられます。全ての子ども達が、この宝石のような時間を大切にして欲しいと願っています。