コラム
コラム
2012/1/20
963    支援していること

いつも熱心に応援してくれるTさんが元旦の新年拝賀会に招いてくれました。新年の挨拶を交わした後で、「元旦から来てもらって恐縮です」と笑顔で会場に案内してくれました。既に約50人の皆さんが集まっていて新年拝賀式典が始まりました。

そこで主宰者のTさんから「昨年のことは振り返っても仕方がない。今年何をするのかが大切なのです。今年は何をやろうかと思って今日を迎えて下さい」と挨拶の言葉がありました。

過ぎたことをアレコレ振り返っても何も変わりません。過去を教訓にして何をするのかが今と未来にとって大事なことです。未来から見ると、昨年の出来事も未来の成功した自分からすると必要な経験だったのです。良い経験をしていれば、更に良い経験を積み重ねること。嫌な出来事があったとしたら、良い経験に転換するように気持ちを切り替えることが出来るのが新春なのです。

そして勇気を与えてくれる言葉がありました。「支援してくれる人が大切なことは分かります。しかし支援の気持ちが大切だと思います。心から支援していると思ってくれている人と、支援してやっていると思っている人では、支援の中身が違うのです。支援してやっていると思っている人は、態度にその気持ちが出てきます。会合などにお誘いした場合、嫌々来ているので話を聞く態度でなかったり、会合を終えると即座に帰ってしまいます。義理や支援していないのに支援している振りをしている人は本当の支援者ではないと思います。今日の会合は心から応援してくれている人ばかりですから、抱負を語って下さい。気持ちが伝わると思います」と話してくれたのです。

新年拝賀式典は居心地の良い空間でした。新年を迎える喜びと聞こうとする気持ちが伝わってくるものでした。

心が違うと態度と行動が違ってきます。支援していると思ってくれている人は、真剣に聞いてくれていることが分かりますし、中には大切な言葉はメモを取ってくれた人もいました。笑顔や表情、そして拍手の強さなどでそれが分かります。そして支援してやっていると思っている場合、確かに態度に表れます。聞く姿勢ではないこと、無反応で何かを感じ取ろうとする気持ちが伝わって来ないこと、体はここにいるのですが、心は既に会場の外にいることを感じる場合があります。

心が行動を支配します。「支援している」と「支援してやっている」の違いは、「やって」が言葉の間にあるかないかの違いだけですが、その気持ちの差は大きな態度の違いとなって表面に表れています。

言葉の差は気持ちの差であり、気持ちの差が言葉となって表れ、態度にも表れるのです。如何に人は気持ちが大切なのかが分かります。折角のご縁ですからそのご縁の場を大切にしたいものです。折角、ご縁のある人といるのに、心が家に帰っているようでは勿体ないことです。心がここにいないと何も得るものがありません。心が積極的にならないと態度は消極的になります。心を積極的にすれば、態度も行動も積極的になります。