コラム
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2011/11/1
914    なかなか、やるねぇ

ベテランの歯医者さんと懇談した時に素敵な話を聞かせてもらいました。転勤で全国を回っている人がいます。マスコミ関係者や東京本社の会社で和歌山支店勤務経験者などです。そんな方々が和歌山市で仕事をしていた時に、この歯医者さんと交流をしていたのです。転勤して和歌山市を離れた後も付き合いは続いていて、患者さんとして住居のある大阪市や神戸市から和歌山市のこの歯医者さんまで来ているのです。素晴らしい人間関係を築いています。

そして、全国に転勤した皆さんから時々手紙が届くのです。「東京の歯医者に行った時、その歯医者さんが言いました。この歯の治療は素晴らしいですね。上手に治療をしていますから安心です」などのコメントを記しているのです。こんな手紙をもらった時は、嬉しさを感じます。全国で通用する技術を誇っている嬉しさと、それを見てくれている歯医者さんに感謝の気持ちが芽生えるのです。

逆に、この歯医者さんに新しい患者さんが来た時、治療した歯を見ると上手な治療か下手な治療をしているのか、即座に分かるようです。上手な治療をしている場合、患者さんに伝えます。「上手な治療をしていますね。これなら大丈夫ですよ」と。この歯医者さんは上手な治療に出会うと、その会ったことのない歯医者さんに親しみを覚えるのです。良い治療をしていること、つまり患者さんのために上手な仕事をしていることに対して尊敬の念を持って患者さんに接するのです。

そして伝えるのは上手な治療に出会った時だけです。下手な治療に遭遇した場合、それは患者さんに伝えません。伝えるのは褒める場合に限ります。

この話を聞いて宮大工の話を思い出しました。宮大工は歴史に残る仕事をしています。例えば1000年前の寺院の改修を行う場合、1000年前の宮大工の仕事と出会うのです。当時の宮大工の腕前に接して、「お主、やるなぁ」と思うことがあるようです。1000年前は隙間があったと推定できる部材が、1000年後には隙間がなくぴったりと組み合わさっている状態になっていたり、木材の特徴を活かして適材適所の柱や梁として使用しているのです。

北側の木材、南側の木材、または木材の産地によって使用する場所が違います。特徴を知らなければ、歴史に耐えられる頑丈な寺院はできないのです。

このように1000年前の一流の宮大工と改修作業の中で会話を交わしながら仕事を進めるのです。そして自分も、1000年先の宮大工に「なかなか、やるねぇ」と感心させられるような仕事をしているのです。

今ではない1000年後に評価される仕事をしている宮大工。ライバルは1000年前の宮大工であり、1000年後の宮大工なのです。つまり歴史が相手で、直ぐに消え去るようなつまらない競争はしていないのです。

歯医者さんも同じように患者さんの身体の一部を技術で治し、快適で不自由のない長い人生に耐えられる仕事をしているのです。そして患者さんが気付かなくても、一流の歯医者さんが気付いてくれる仕事をしていることに誇りを持っているのです。

向かい合っている相手はお金でも今の患者さんでもなくて、その相手は患者さんの人生であり全国の歯医者さんです。プロが見て唸るような仕事をすることが誇りであり、本物の歯医者なのです。

初めて来た患者さんに「来てよかった」、「安心した」と思ってもらえる歯医者を目指しています。これは他の世界でも通用する仕事のあり方であり、心掛けです。知らない誰かに思わず「なかなか、やるねぇ」と思われるような仕事をしたいものです。