コラム
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2014/11/17
1558    幸せを感じる時

本当に凄いと思います。父が亡くなってから一週間が経過しました。手続きなどが落ち着いてきたので、母と一緒にお世話になった稲田病院などを訪ねました。お世話になった看護士さん達に腰を折るようにして頭を下げ、「ありがとうございます」と丁寧にお礼の言葉を伝えています。心が優しくて自分のことを後回しにしてでも相手のことを気遣いして考えています。

昔から全く変わらない姿勢を見て嬉しく思い、今更ながら優しい心の持ち主で控えめで謙虚な人で凄いと思っています。こうした姿勢が日頃から皆さんに伝わっているのでしょう。僕が挨拶に訪れた先々で「お母さんは大丈夫」、「お母さん疲れていると思うのでしっかり見てあげて下さい」、「お母さんを大切にね」という言葉を掛けてくれます。

Mさんは「お母さん、これからの人生を幸せに生きて下さいね」という言葉を掛けてくれました。年下の人に対しても、母は腰を低くして丁寧に頭を下げています。Mさんは生徒達への授業中でしたが僕に対応してくれて「お母さんにもよろしくお伝え下さい」と言ってくれたので、「母は下にいますよ」と答えると、授業を中断してくれて一階に降りてきてくれました。

そうでした。母は少し足が弱ってきているので二階まで行くことが大変になってきているのです。Mさんが一階に降りてきてくれて母と話をしてくれました。「毎年、支援する会でクリスマスパーティの時に司会をさせてもらっているMですよ。今回は大変だったと思いますが、疲れの出ないようにして下さい」など、少しの時間話をした後で、このような言葉を伝えてくれたのです。心の優しい二人の話と姿勢を見ていると、とても幸せな気持ちになりました。やさしい秋の日差しの中に良く似合う光景がここにありました。

続けて訪問した福祉施設では、お世話になったヘルパーさんに対しても、「今まで長い間本当にありがとうございました」と頭を下げて、これまでの感謝の気持ちを伝えています。

一つの言葉の中に思いが詰まっていることを感じました。同じ言葉でも含まれている内容は違います。「ありがとうございました」の言葉は思いの詰まった重い言葉だと思いました。

平成26年10月16日まで父が入院していた稲田病院の光景は変わらないけれど、よく通ったこの病院には訪ねる人がいないのです。廊下を歩いて病室を通り過ぎていくのですが、名札を見ても父の名前はなく詰所に辿り着きました。看護士の皆さんにお礼の言葉を伝える時も母の姿勢は変わらず、丁寧に頭を下げる低い姿勢でした。看護士の皆さんは父が亡くなったことを知っているので笑顔はありませんでしたが、心の中で微笑むような優しい表情を見せてくれました。人のやさしい心は言葉に乗せて伝わるのです。

病院などに挨拶の訪問した後、実家に一緒に行きました。一人になりましたが、ふと、母がここにいてくれることを幸せに感じました。「家には母がいる」。これだけのことがどれだけ幸せなことでしょうか。心からそう感じました。弔問に来てくれた人のことを聞く、お供えをしてくれた人のことを聞いてノートに名前などを記載する。お茶を飲む、コーヒーを飲む。母がいることで家には優しさと温かさがあります。

こうして後の作業をしたり、後片付けができるのも母がいるからだと気付きました。幸せな日は今日ここにあるのです。母が元気でいてくれていることを幸せに思います。