コラム
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2014/1/16
1391    パターン化の外

飲食店経営者と懇談した時、少し興味深い話がありました。この飲食店は料理単価を高く設定しています。経済環境が厳しい中において、お客さんに来てもらえる仕組みの一端を示してくれました。

「片桐さん、何故、高くてもお客さんが来てくれるのか分かりますか」

順に思うところを答えていきました。「味が良いこと。素材にお金を掛けていること。料理人の腕が良いこと。産地に拘っていること。品質を追求していること」などでしたが、全て違っていました。

「お金をいただいている限り、価格に見合った素材を使うのは当然なので、素材は関係ありません。品質や味も同じように、どこのお店も心掛けていると思います」。

「ではどうしてお金をいただけるのですか」。

「部屋を見て下さい。部屋の作りには、他のお店にないくらいお金を使っています。壁に掛けている絵を見て下さい。そしてこのお店は全て個室にしていて、隣のお客さんの声は聞こえません。また廊下でお客さん同士が会わないように作っています」というものでした。

続けて「食事は素材を味わうだけではなく、食べる環境を楽しむことにお金を使いたいと思う人がいるのです。一流の絵を見て、優れた器を見て楽しむこと。誰にも邪魔されない空間で会話を楽しむことやビジネスの話をしたり。そんな変わらないお客さんのニーズがあるから成り立っているのです」。

参考までに廊下に出てお部屋を見せてもらいました。今いた部屋に食事を運んできた時、扉を開けても部屋の中は外から死角になるように作っているので、部屋の中を覗くことはできません。隣接しているのに壁の厚さや部屋の配置に配慮しているので、独立した部屋がいくつかあるような感じです。

「ここは一流の人に使ってもらうお店です。秘密が漏れないように。誰と来ているのか分からないようにしています。そして安心して会話と食事を楽しんでもらっています」ということでした。

食事の本来の目的は食事にあります。味や品質を求めるものですが、それ以外に食事はコミュニケーションやビジネスのツールとも考えられます。人間関係の距離を縮めることや会話を捗らせるための食事というものがあります。そして器から目を上げた時、その壁に一流の絵が飾られていることに満足するレベルの人もいるのです。

本来の目的を達成することを求めるのは優れた人ですが、その目的に付加する何かを求める人もいるのです。それは信頼、安堵感、機密を守る、遊び心などでしょうか。

このお店に誰と来たか、何を話したかを知られることはないという安心感を求める人もいると思います。

個人の行動は経験を伴うに連れてパターン化されています。しかし自分の経験でパターン化されている世界と異なる世界はもっと数多く存在しています。自分がパターン化していない価値を知ることは、新鮮で、これまでと違う考え方のヒントを得られることになります。人によって求めているものが違うこと。少しの違いや配慮があるとこれまでと違う人との出会いがあること。パターン化された世界の外を覗いてみると、知らない世界の存在に気付きます。