コラム
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2013/7/31
1302    幸せな人生

「人の寿命など、本人も誰も分からないのですから、誰かと一緒にいられたこと、一緒にいられることに感謝しながら毎日を過ごしたいと思っています。人生なんて自分でも分からないもですよね。やっと分かってきました。だから自分の悔いのないように生きようって。忙しいからと怠っていたことに対しても、またいつかという気持ちに対しても感謝の気持ちを持ち続けることが大切なんだと日々気付かせてもらっています。限られた人生の中で、幸せをどれだけ感じられるかが大事なことです」。

時に人生を考えるときがあります。夜遅く一人いる時。ライブの余韻に浸っている時。誰かと会話している時。そんな中で「」のような意見を聞かせてもらいました。日常、生きていることすら忘れていることがあります。生きていることが当たり前過ぎるからです。

でも友人や大切な人の死に直面した時、生きることは当たり前のことではなくて奇跡的な出来事だと気付きます。他人の人生に入ることはできないけれど、他人の人生を尊び、思い出を共有し、そして悲しみで見送ることで、人生に限りがあることを実感します。やがて自分の人生も終わりの時を迎えることになります。

どれだけ懸命に生きていても、きっとそこには後悔を感じると思います。「もっとやっておけば良かった」、「もっと真剣に生きるべきだった」、「やりたいことをやれば良かった」。そんな後悔を感じると思います。

人は過ぎ去ったことを取り戻す時間は持ち合わせていません。人生を考えるその時があれば、その時を境に幸せを感じられる生き方をしたいと思います。毎日の生活や仕事の中で後悔はあります。後悔を悔いるよりも、それ以上の幸せを感じ、感謝の気持ちで一日を過ごしたいものです。幸せと感謝を感じながら生きた一日は、どれだけの幸せが詰まっているのでしょうか。

今日、この日から幸せが詰まった一日を過ごせるならば、きっとそれまでの後悔を全て集めたよりも大きくなります。今日が最高に幸せだと思えるなら、明日この世を去るとしても幸せを感じられると信じたいのです。

もし最後の二日を幸せに感じられたら、これ以上の幸せはないと思います。明後日死ぬと宣告されても、残された二日間をどう過ごすか分からないからです。

死がまだ近づいていない今日も明日も、生きていることも意識しないで幸せを感じられることが、本当に幸せな日だと思います。幸せは、今日生きていることと同じように当たり前過ぎて実感しないものです。

挨拶を交わせた朝。おしゃべりをしながら食事をとれた日。楽しい会話を交わせたひと時。

温かい気持ちになれる時。毎日の中に少しでもそんな時間があれば、幸せがたくさん詰まった一日なのです。スポットライトを浴びる日よりも、特別の一日を過ごしている時よりも、当たり前の一日を過ごしている時が本当に幸せな日だと思うのです。

特別な日が幸せだとすれば、一生の中で数回訪れるだけですから、全体からすると幸せな人生だと言えません。小さくても、毎日が幸せだと感じている方が人生は絶対に幸せです。

やがてこの世を去る時が訪れます。明日、去るとしても後悔しないように、今日という一日に幸せを感じていたいものです。