コラム
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2013/5/31
1265    The last stand

カリフォルニア州知事を約7年間も務めたアーノルド・シュワルツェネッガー氏。知事から俳優へ転進して主演復帰第1作が「The last stand」です。この作品を見ようと思ったのはシュワルツェネッガー氏が知事時代の経験を映画の中で発揮していることを期待してのことです。

その知事として経験したことについてのインタビューは次のようなものです。

「普通はできないようなことを経験することができたよ。違う生活、違うチャレンジがある。考えたこともないような問題を扱わないといけない。30分ごとに、まったく新しい、違う議題についてのミーティングがあるんだ。 それは当然、人に影響を与えるよ。議会議事堂がクラスルームのようになるわけだからね。以前は気付かなかったことや、知らなかったことを学べるのは、まったく素晴らしい経験だったよ。」

重責を担ってきたシュワルツェネッガー氏の台詞の所々に深いものがありました。それは経験であり年齢であり。誰でも経験できるものではない貴重な人生経験を得た主役の生き様が演技に深く現れていました。

シュワルツェネッガー氏は主役を張れる役者だという存在感があります。この数字や文字で表れない人としての存在感というものの大きさを知りました。存在感とは、この人がいるから安心できる、この人になら任せられる、この人なら困難から逃げないで立ち向かってくれるそんなことを感じさせてくれる人が存在感のある人で、社会や組織に欠かせないリーダーだといえます。

アカデミー賞などを狙う作品ではなくて、ストーリーそのものを楽しめる映画を復帰作に選んだのは、何歳になっても人は正義であり、立ち向かう勇気であり、仲間を思いやる心であり、人生は逃げてはいけないことを伝えたかったからだと勝手に思っています。

知事という経験を通じて、強くて優しい生き方が大切だと伝えてくれています。人は自分が着火剤になると、その火は周囲に伝染します。臆病な人、困難から逃げようとする人、小さな正義の心を持っている人、そんな人を強い人、立ち向かう人、大きな正義に脱皮しようとする人に変えて行きます。

いつも悪党という言葉があるように常に悪は巨大な存在です。そして立ち向かうのは、最初は小さな正義からです。時に正義を貫くことは難しいことだけれど、存在感のある人とだったら貫くことができます。そんな存在感は生まれや肩書きは関係ありません。困難に立ち向かった経験、小さな正義の積み重ね、大きな失敗、人を大切にする気持ちなどが、人を存在感のある人へと成長させるのです。

弱者を守る役割はこの映画の中では保安官であり、社会の中では政治家であるということ。その役割の基本は正義であり悪に屈しない精神力だということ。市民を巨大な力から守るのは保安官であり、これも国家権力や政治家の役割であること言うこと。

そしてチームメイトを育てること、守ること、そして発奮させ成長させること。これらもリーダーの役割であることを教えてくれました。悪に立ち向かうことは誰でも怖いことですが、それができる人が保安官という正義であり優れた政治家なのです。

存在感のある存在。そんな人が社会や地域、組織で強い力を発揮します。