コラム
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2013/2/20
1199    お米一升

和歌山県を中心に活躍している歌手のウインズ平阪佳久さん。とても素敵な時間を共有することができました。

平阪さんが生まれたのは高野口町のお米屋さんです。当時の大工さんの日当でお米を一升買えたそうです。お米一升あれば大人10人は食べることが出来ることから、「一家を支える大工さんの仕事は凄いなぁ」と思った記憶があると話してくれました。そう言えば父親が家族のためにお金を稼いでくれていると思った子ども時代がありました。「大人は偉いなぁ。家族のために自分の時間を仕事に割いて食べるためや学校に行くためのお金を稼いでくれている」と尊敬していたものです。そして自分が大人になった時、果たして「家族を食べさせていくことができるのだろうか」と子ども心に不安があったことも覚えています。それほどあの当時の子どもにとって大人は偉大な存在でした。

一日働くとお米一升も買うことができるので大工さんは偉いと思った平阪さんの経済感覚はとても自然です。幸せは所得の多さではなくて、働いた結果、家族が食べられて幸せだと思えること。今の時代で消えかかっている価値観を伝えてくれます。

昭和40年代のお米一升の値段は約500円だったそうです。つまり大工さんの日当は500円ですが、それで家族に幸せを提供していたのです。 今は何でも買える時代ですし、お米一升で幸せを感じる時代ではなくなっています。父親が稼いだお金は銀行振り込みですから、給料日に父親の帰りを待つ家族の笑顔は存在しなくなりました。お米も一升、二升などの量り売りの時代は過ぎ去り、スーパーで10キロ、20キロの袋を買う時代になっています。時代は大きく変化しているのですが、平阪さんの歌う歌には、そんな昔の香りがいっぱい詰まっています。

故郷に誇りを感じること、家族のために懸命に働いている人達を応援しています。デビュー曲の「キンキのおまけ」やカラオケで良く歌われている「和歌山LOVESONG完結編」などは、和歌山県に誇りを持つために世に送り出た歌のように感じます。

あの当時、高野口で当たり前のように繰り返されていたお米屋さんの店先の光景が、平阪さんの歌の中に封じ込められているようです。人が求めるもの生きるための食べ物から暮らしを豊かにしてくれる物品へと変わり、そして金融資産へと移り変わっています。

私達は時代に即応していくことを求められますが、父親や母親が暮らしていた日常の光景を忘れてはいけません。そこには故郷があり、自分が生まれ多くの人に支えられて育てられてきた故郷こそが誇れるものだからです。生き方やライフスタイル、仕事に向かう姿勢は変えていくべきものですが、人としての基本姿勢である、家族のため、人のため、そして自分が貢献できる範囲内の社会のためという日本人が生まれながらに有している温かくて優しい気持ちは変えてはならないものなのです。

平阪さんの父親は景気が良くなるとお米屋さんは流行らなくなるけれど、芸能の仕事は多くなる。景気が悪くなると芸能の仕事は減ってもお米屋は流行るので、好きなことを仕事にしたら良いと言って芸能活動を支援したことを聞きました。生き方を縛らない良い話です。