804. 伝えること

「弘法も筆の誤り」。誰でも知っている諺があります。この諺の語源を教えてもらいました。
 その昔、弘法大師、空海が高野山を借りる際に、高野山を司っている荒神様にお願いをしたそうです。荒神様は、「10年間に限りこの場所を貸すので約束の証として紙に書いて下さい」と言われたそうです。そこで空海は神に約束の証として紙に筆で書いてそうです。「十年間、お借りします」と書くところが、たっぷりと筆に墨を含ませていたため、十の字のところに墨が零れて千になったそうです。荒神様はその時、それに気付かなかったのです。
 そして約束の十年後、荒神様は空海に言ったそうです。「約束の十年が経過したので高野山を返してもらおうか」と。ところが空海は、「荒神様、紙を見て下さい。千年と書いていますよ」と言ったそうです。
 空海が書いた紙には確かに千年とありました。荒神様はそれを見て高野山を千年貸してくれることになりました。このことからこの諺が生まれたようです。

 この話を教えてくれた方の本質は、「弘法も筆の誤り」の諺の由来を伝えようとしたものではありません。
 学んだことは人に伝えることが大切だということが本質です。人から聞いたり学んだ良い話は、聞いた本人だけで留めておいてはいけないのです。大切なことは伝えることです。
 どれだけ素晴らしい教訓でも、誰かに伝えなければ消えてしまい、今の社会にも後世にも残りません。学んだことを人に伝えることが人の叡智なのです。
 「学んだことは誰かに伝えて欲しい」。それが本質なのです。

 同じことが議会でも言えます。議会で議論したことは、誰かに説明すべきことです。議場だけで終わってしまうと、そこで何の議論を交わしているのか知らせないままになってしまいます。情報が伝えられないと、有権者はそのことが良いことなのかどうか判断できません。
 私達にとって大切なことを先に知った人は、それを知らない人達に伝える責務があります。伝えられた人はそれを有効だと感じると、自分の経験を付加して次の人に伝えてくれます。二人分の叡智で加工された「伝えたい言葉」は、更に人に伝えられます。
 多くの人が心に響いたことを相手に伝えていくことで、より良い社会が広がって行きます。より高いレベルで、そしてより広い人に支持される価値感が社会に広がると、社会の価値観はその方向に変わって行きます。
 思うこと、願うこと、そして伝えることが社会を変える原動力になります。自分で新しいことを考えることや発見することは難しくても、人から伝えられたことを、また次の人に伝えることは比較的簡単なことです。
 弘法大師よりもずっと以前から、優れた人物が言ったことを書きとった弟子や支持する人達が、師匠から学んだ教えを次の世代に伝えて言ったのです。言葉を発した人も素晴らしいのですが、それを伝えた人も素晴らしいのです。どちらが欠けても教えは世に存在しないのです。私達も、どちらかの役割を担いたいものです。


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