724. Tさんのこと最終章
 何度か書き込みしていたTさんこと田村誠さんが、平成21年5月11日、午前9時にお亡くなりになりました。享年47歳でした。心からお悔やみ申し上げます。

 突然の訃報に接した時、こんな日がやってくるとは思ってもいませんでしたから、正に絶句でした。月曜日であったことから午前から正午に掛けて仕事が入っていて、調整したのですが自宅までお悔やみに伺えたのが4時頃になりました。自宅では奥さんが出迎えてくれました。

 白い布をあげて田村さんと顔を合わせると、今までと変わらない優しい表情がそこにありました。着衣にはネクタイを着用し、その上には「田村土地家屋調査士」の仕事着を被おっていました。生前と全く変わらない姿で、今にも話してくれるような気がしました。

 田村さんとは同期入社で配属先も同じ職場でしたから、本当に長い付き合いでした。二人とも背は180cmを越えていますから、背の高さで注目されていたことを思い出します。
 会社を退職し、自分の目指した土地家屋調査士の資格を得て独立したのは、わずか数年前のことです。「定年のない仕事に就いたのだから、一番長く現役生活を送れますね」と話したのが昨日のことのようです。一番長く現役生活をする予定の田村さんが、同期で一番先に旅立ったのは無念の一言です。

 奥さんから聞きましたが、田村さんは生前「これからなのに本当に悔しい」と漏らしていたようです。目の奥に出来た癌細胞により身体は衰えて、呼吸停止に至ったようです。

 思い返すと本当に長い付き合いでした。旅行に行ったこと、度々行った飲み会のことなど、記憶が蘇ります。若かった田村さんの披露宴にも出席させてもらいました。奥さんとは高校の同級生でしたから、同期で一番結婚が早かったような気がします。
 「平成20年12月6日に47回目の誕生日を迎えられたのは嬉しいことでした」と話してくれたように、病院を退院した時には医師から「厳しい」と奥さんは告げられていたようです。でも気力で生き抜いて誕生日を迎え、年末を越し、お正月を自宅で過ごし、春の季節も乗り越えました。そして大型連休で体調に変化があり、平成21年5月11日、旅立ったのです。

 奥さんからはご主人である田村さんと私の話をしていた時のことなど、最近の話を伺いました。奥さんが「片桐先生」と言った時には、「違う違う、片桐大先生だよ」と訂正していたそうです。勿論、笑い話ですが、それほど信頼して期待してくれていたことは分かります。「桐ちゃんには、もっと上に行ってもらいたいから応援している」といつも話してくれていました。

 今日、奥さんからは「絶対に田村の分も頑張って下さい」と言葉をいただきました。
志のある人間は重いものです。生きている私達は、この世で知り合った人の志を受け継いで生きていきます。まるでトーナメントの試合のように、自分が関係する人達の志を受け継いでいくのです。故人への悲しみは、その志を受け継ぐためのものです。生きることは人間の志を背負っていくようなものです。但し、その志は鉛のようなものではなくて、羽根のようなものだと思います。優れた志を受け継ぐことは、天に昇る羽根を受け取ったようなものですから、天高く羽ばたく責務があります。天使の羽を受取ったのに、それを使わないでいることはできません。使わない位だったらその重い志を受け継げないのです。

 友達から天使の翼を得て人は、その人の分も遠く高く飛ぶことができるのです。友人を失った悲しみは翼に変わり、目指すべき世界に羽ばたかせてくれると信じています。いつか、友人とその先にあるものを一緒に見たいと思います。今の私達の世界では見えないものが、そこにあると思います。

 これから長い、長い旅が始まります。長い、長い旅を一緒に歩きたいと思います。言葉を交わすことはできないけれども、交信はできるような気がしています。この先にあるものを見に必ず連れて行きますから、もう少し待っていて下さい。

 田村土地家屋調査士事務所に入りました。完成した時、お見舞いに行った時、一緒に事務所に入ったことを思い出します。事務所机には私達の若い頃の写真が飾られています。その時と同じ状態で飾られています。事務所がオープンした時に贈った「言葉」の色紙も机から見やすい位置に飾られていました。そして独立を決めた時に贈った中村天風氏の本も本棚に飾られていました。いつも身近なところに置いてくれていたことに感謝するばかりです。

 自宅と事務所の空気に触れたところ、若い頃に戻ったような気がしました。事務所から出た時、一緒にドアを閉めたような気がしました。苦労して資格を取り、勇気を持って独立した田村誠さんの志を、確かに受取れたような気がしています。
 誰もまだ定年は迎えていないのに、今日の旅立ちには早すぎます。今はただ、物語の後を綴らなければと思っています。

コラム トップページに戻る

前のコラムへ   /  次のコラムへ