555.歩いた道
 目の奥にできた癌腫瘍と戦っているTさん。ある人を介して、最近も変わらない真面目な仕事ぶりが伝わってきたので、回復して元気いっぱいに仕事をしていると思っていました。近況を聞くために連絡したところ、予想に反して身体の状態は良くなかったのです。

 眼球の奥にできた癌腫瘍を手術では全て取り除けていなかったようで、その治療の継続と、肺に転移したことから肺の癌腫瘍を抑えるための抗がん治療の必要が生じていたのです。肺の癌腫瘍は動脈の近くに発生しているため、外科手術では取り除くことはできない状態だそうです。

 そのため治療のため平成20年5月から入院する予定になっています。丁度一年前も、目の奥の癌治療のため入院していたのですが、一年後、予期しないことで再び入院することになりました。何としても回復して欲しいと祈るばかりです。

 以前も書きましたが、Tさんは自分のやりたいことを実現するために、会社勤めをしながら資格取得のための専門学校に通い、三年を掛けて土地家屋調査士や測量士補のなど資格を得ました。比較的恵まれた会社生活でしたが、人生を好きなことに賭けたいとの思いから独立したのです。T土地家屋調査士事務所の新しい名刺を受け取ったのが、つい先日のように思います。Tさんの自宅の横に事務所を開設し、先輩の事務所と現場、そして仕事先での打ち合わせと、大変だけれども充実した毎日を過ごしていました。小さな事務所にはパソコンとコピー機などが設置されていました。自分の事務所を持った人は経験することですが、自分用の机と椅子、パソコンやコピー機には夢が詰まっていて、その夢がここから膨らむような気持ちになります。単なる事務機器ではなくて夢を実現させるためのパートナーのような存在が周辺機器なのです。

 夢を膨らませるためにはパートナーを輝かせる主がいることが条件です。ところが再び主が不在の事務所になりそうなのです。早く治して帰ってきて欲しい。そう思うばかりです。
 「もう一度一緒に飲み会をしたいなあ」と語りかけてくれましたが、何でもないような簡単なことが、簡単ではない状況が今ここにあります。飲み会に次の約束、そして将来の夢を語り合うことなど、普段は簡単すぎて価値がないように思うことが、実は大切な日々の一ページを創っているのです。

 「折角好きな仕事ができるようになったのに、こんなことが続いて残念で仕方がない。でもまだまだ先があるので、もう一度仕事ができるように頑張りたい」と声を絞って話してくれました。5月からの入院生活では癌との闘いに打ち勝って、必ず復帰してくれると確信しています。

 私にとって、なくしてはならない人がTさんです。Tさんの小さな事務所の机には若い20歳代の頃の二人の写真が飾られています。この先どこへ行くのか分からなかった二人ですが、何とか充実した精神のところに辿り着いています。苦しい涙が輝きの涙に変わることを、あの頃の夢のように信じた戦いが始まります。あの頃の夢が実現しているのですから、今回の厳しい戦いも乗り越えられると強く信じています。夢を描いて歩いた道は、振り返ると現実のものに変わっています。現実は自分の歩いた道で見た景色のことで、夢はこれから歩く道のことです。自分の意思で歩き続けることができれば、夢は現実のものとして現れます。

 再び土地家屋調査士として仕事ができる日を夢見るのであれば、それは現実のものになります。

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