396.母語と国際言語
 小学生の国語力、即ち、想像し考える力と他者とのコミュニケーション力が低下している問題について協議しました。国語力が低下していることに関しては他者との会話でも感じることが出来ます。何か分からないような会話が交わされているのを聞くことがあります。
「昨日のさぁ」
「それ、それ」
「良かったよねぇ〜」
「絶対良かったぁ」
「でもってぇ」
「そうなんだぁ」
 などの、当人同志では会話になっているようですが、実は会話にならない会話を聞く時があります。意味のある会話になるためには、第三者にも分かるような会話、文章にした時に発言者の意図するところを感じられる内容のものである必要があります。

 主語がない会話、結論もない会話は他者に理解出来ないものです。これらの会話が交わされているのは国語力の低下以外の何者でもありません。昨今、児童の英語教育の是非が語られることがありますが、考える力が低下していることは英語教育以前に国語教育の問題であり、国語力の低下は他者、そして国際化時代における外国人とのコミュニケーションも出来なくなることを示しているようです。外国人とのコミュニケーションが図れない日本人が国際社会を生きていけるのでしょうか。只でさえ21世紀は中国の時代であると言われている中、日本が国際社会とのコミュニケーション力を低下させていくならば、その地位は低下していくばかりです。今の日本にとって、頼りのアメリカも中国にシフトする可能性があります。

 経済力が現在の日本の地位を保っている大きな要因ですが、経済力が低下するような事態になれば、教育レベルや英会話力なども世界的には決して優位にありませんから、たちまち国際的位置はなくなります。
 そうならないためにも、国語力と国際言語によるコミュニケーション力を高める必要があります。国語力、母語により考え、他者と理解し合えることが、まず国力維持の前提です。そこに国際言語、つまり英語による外国人とのコミュニケーション能力を高めることが重要です。

 英語力の重要性は、今では身近なところで感じることが出来ます。例えばインターネットは情報の宝庫で、日本語サイトだけでも検索エンジンを活用すれば無数の情報を入手することが出来ます。ところがその多くは日本人の発想に基づいた情報であり、それだけで国際社会で議論出来るものであるかは疑問です。インターネットサイトで圧倒的に多いのは、英語によるものです。私達は日本語サイトだけでも用を足しますから、英語の必要性を感じることはありません。しかし最先端のそして情報量が豊富で様々の国の人の意見に晒された英語サイトで交わされている議論を読み取れないことには、国際社会で通用する議論レベルが分からないので、どうしても立ち遅れることになります。議論レベルは自分で接して感じないと、身内の中でいる限りは高まりません。英語を活用出来るのとそうでないのとでは、自らの活動レベルは格段違ってきます。

 私達の世代は良いとしても、現在の子どもの世代はそうは行きません。中国、韓国を初めとするアジア諸国でも英語で欧米の方とビジネスを展開する時代です。北朝鮮以下とも揶揄される日本人の英語力では、これからの時代に通用しないのは確実です。日本だけが特別に国ではありませんから、十分なコミュニケーションが図れないことには現在の国際社会で地位を保つことは容易ではありません。
 国語力と国際言語による考える力と想像力を身につけ、他者とコミュニケーションを図れることが日本人にとって必須です。小学校の教育は本当に大切ですから、教育に関わる大人が方向性を間違わないようにする責任があります。
 約1時間の話し合いは、時間が不足するほど有意義なものでした。計画案を具体化させ実行する必要性を感じています。

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