人生は、時々難しい判断を迫ってくる場合があります。出来れば困難は近づいて欲しくないのですが、どうしたことか次々と襲ってきます。義理と人情で板挟みは永遠に尽きない課題なのでしょうか。
困難な局面に立つことになると、色々と雑音が入っていることだろうと、大変気にかけてくれ、包み込むように励ましてくれる方がいます。勇気付けてくれる言葉には、感激、感動と言ったものでは表現出来ないような感情が溢れ熱くなります。
困難な場面になるほどプレッシャーが掛かるけれども、和歌山市議会に挑戦した4年前も同じような苦しい思いをしたことを思い出して乗り切って欲しいと励まされました。自分の思いを貫き通したら良いのであって、心無い批判や中傷は取るに足らないことなので、自分の道を惑わされないようにして下さい、そして困ったことがあると何でも相談してくれたら良いと、何よりも有難い言葉です。
・ |
前にある道は自分で選択したら良いもので、批判に惑わされないように。 |
・ |
県議会を目指すのは良いことだから何も振り返る必要はなく全力を尽くしたら良い。 |
・ |
チャレンジする気持ちを忘れたら駄目だから、市長選の動向に関わらずに県議会は当然目指すべきではないか。 |
・ |
批判勢力はどこにでもいるし、どの道を選択しても出現するものだから、それで左右される程馬鹿げたことはない。 |
・ |
堂々と挑戦することを訴えたら良い。 |
心に芯を通してくれるような言葉の数々です。私にとっては闇を照らす照明のように一本の筋が見通せることにつながります。心底、行く末を心配してくれている人が存在していることに感謝すると共に、改めて自分一人の身でないことを実感させてくれるものでした。
私の気持ちとしては、周囲の皆さんの意見を拝聴させてもらっています。それは「進むときは他人任せ、退くときは自ら決せよ」という越前長岡の河井継之助の言葉に沿った形が望ましいと感じているからです。進む時は自分が決めるものではなく、周囲が評価して決めてくれるものです。
ただし周囲の意見は百人いれば百通りですから、決してまとまることはありません。しかし周囲からの薦めが多くあれば前に進むのが自然です。批判は心にブレーキをかける役割を果たし、期待感は心にスピードを加速してくれる役割があります。決断するまでは他人の声によって決心が鈍ったり、また強い気持ちになったりします。
一度このような気持ちを味わうと、心にブレーキをかけられることは精神的に多大な負担がかかることが分かりますから、後輩に対してはそんな思いをさせないようにすべきだい戒めています。雰囲気を感じ取る必要がありますが、相談毎は大抵、迷っている自分の気持ちに対して背中を押してくれるきっかけを待っていることが多いのです。
決心を鈍らせたり心にブレーキをかけられることを好んでいる人はいません。自分が望まないことを他人に押し付けることはすべきではありません。
自分がそう感じているように、人生の先輩であれば後輩に対して、優しく励ますようにそっと背中を押してあげたいものです。