平成18年2月現在、77歳の東久次さんは和菓子職人です。いま尚現役で工房に立て和菓子を創作していて、その作品とも言える和菓子は小さな店頭に並べられています。
若い頃から全国的な大会で表彰を受けているなど輝かしい経歴があります。やがて長男を後継者として指名、自然に長男も父親の姿を誇りに思い工房に立ち、父親は技術を伝承してきました。通常であれば、そろそろ父親が現役を引退し後継者が後を継ぐ年齢に達しています。今まで流した汗が染み付いた工房に立つと、親子で和菓子を創作している姿が浮かんでくるようです。
全ての技術を伝えた後はお孫さんとの楽しい生活が待っている筈でした。ところが6年前、元気だった長男が水疱瘡にかかり死亡しました。夢にも思える突然の出来事です。
「子どもみたいな病気にかかってしまって。それで死ぬなんて」と言葉を搾り出してくれました。お店の後継者が取り上げられて「本音は寂しいよね」と呟きが聞こえました。
若い頃とは違って毎日、工房に立つことが出来なくなり、店頭にお菓子が並ばないこともあります。元気な顔をしていますが、喉、リンパ、腸閉塞の手術を計5回繰り返し決して体調は万全ではありません。でも名人とも言える東さんが作った和菓子はおいしいと評判です。
工房を見学させていただきました。年季が入った機材と道具に囲まれていて、ここで何十年もの間、数え切れないほどの和菓子を皆さんに提供してきた様子が浮かんできます。
美味しさを提供するのは食べる人に幸せを提供することです。他人に満足を与えてきた人生は尊敬に値するものです。
昭和24年から使用している道具箱からは、自分で作成した和菓子の表面に模様を刻む型枠を取り出してくれました。寿の字や家紋などの型枠からは和菓子作りの歴史を感じさせられ、積み重ねてきた伝統、技術の凄さを感じるものでした。
和菓子作りに賭けた人生です。命を込めた、人生の思いの詰まった手作りの和菓子ですから、それに見合った対価をお支払いしないと、申し訳なくて食する訳にはいきません。
機械による大量生産されたものと、長年和菓子作りに取り組み気築き上げた技術と、一つひとつに心を込めたものとでは、食べる人に分け与えてくれるものは違ってくると思いたいのです。心が宿った作品は向かい合う相手に与えるものがあります。私達は作者が発するメッセージを受け取ることが出来ます。優れた作品は心がそれを感じる瞬間を与えてくれます。
残念なことは技術の継承者がいないことです。このままでは一代限りの技術となり、途絶えてしまう可能性があるのは残念なことです。
「今から後継者は育てられないからねぇ」自分の経験と知識、そして技術を伝えられる後継者がいることが最大の幸福であることを理解出来るものです。
後継者を捜し自分の習得したものを継承するのは時間と困難を伴うものです。でもその苦労は幸せにつながる苦労なのです。自分だけで終わらせてしまう、そんなもったいないことはありませんし、残念なことはありません。いつか年を重ねたら、地位や名誉(得たいとも思いませんし、望んでも得られるものではありませんが)に固執しないで後継者に道を譲る判断をしたいものです。それが幸せだと気づいた人なら、自分一代だけの幸せよりも次につながる幸せを選択する筈です。
自分と社会の幸せの総和を大きくするのはそういうことです。
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