大学卒業時、指導教官から修士課程に関心があるか聞かれた彼は、一般論だから誰に対しても声を掛けていると思っていたようです。でもそれは違って見込みがあるから指導教官から誘いがあった筈ですよと意見を言いました。
早速、指導教官に連絡を取ったところ、思いがけず「是非入試を受けて来春から来て下さい」と答えが返ってきたと、驚きの連絡をしてくれました。
しかも指導教官が言ってくれた言葉と、私のアドバイス内容が一致していたことにも驚いたそうです。それは次のようなものです。
高いレベルを目指すのであれば修士課程は非常に役に立ちますから、指導教官が引き続き指導してくれるのであれば、その流れに沿って見る判断を下すことが大切です。
勉強は自分ですることも大切ですが、指導教官と議論を交わすことと高い志を持った他の生徒と議論することが自己を更に高めてくれます。単に教授の話すことを聞よりも複数人で議論を深めることから新しい発見がありますし、自分とは違った考え方に触れることで人間としての幅を持たすことが出来ます。何よりも了見の狭い人は、自分の考えを優先させて他人の意見に対して否定かに入りますから、一定のレベルに達したらそこから伸びられません。他人の意見を良く聞き、自分のものとして吸収することでレベルを高めることが出来ます。
情報化時代で学習教材は各種揃っているので、やる気になれば即日学習を開始することが出来ます。通学が面倒であればインターネットを通じた学習も可能です。いつでも学習出来る環境は理想ですから上手く活用すれば効果が得られます。
それでも授業はライブが良いと思っています。教師と同じ場を共有している緊迫感が学習効果を高めてくれます。時間の制約がありますが、時間を割いて出席するのですから、講義を受ける意気込みがDVD教材などとは違います。緊張感と精神力が講義内容の吸収力を高めてくれます。教授など講師から得られる知識は、教材から得られるものよりも幅があり、誌面からでは伝わって来ない講師の考え方や人間的レベルをも吸収することが可能です。
この場合のレベルとは単なる知識に留まるものではなく、それを含めた人間としてのレベルです。人間のレベルとは品格や見識、良い意味での見栄えを指すものです。人間のレベルを高めると、教授や社会で活躍する方々と話し合っても臆することはありません。
不思議なもので、どの様な社会生活の場でも志を持って勉強し活動している人の割合は決まっています。決して高い比率ではありませんから、その中に自分の居所を保つ工夫か必要です。志の高い集団に入ることや大学院で学ぶことはその手段です。今いる環境を大きく変えることは難しいですから、今の生活環境を基本スタイルとして別の違う環境にも身をおくことです。物理的な時間で考えると時間の制約はありますが、直ぐに慌しい環境に慣れますし、その中から得られるものは人生において決して小さいものではありません。
高いレベルで学ぶ機会を得られることは滅多にありませんから、機会が巡ってきたらまず飛び込んでみることです。その環境が合うか合わないかはその後のことですから、躊躇する必要はありません。
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