145.世代のブリッジ
 平成17年3月、ライブドアとフジテレビによるニッポン放送株の取得に関する問題が世間を賑わせています。この問題に関してトヨタ自動車の奥田碩会長が日本経団連会長の立場で発言している内容は興味深いものです。
 新聞報道されている内容は次のようなものです。「ライブドアとフジテレビジョンのニッポン放送株争奪戦に関し、新旧世代論を改めて展開した。ライブドアの堀江貴文社長の姿勢や手法については批判しつつも、「違法性はない。非難するばかりでなく、いかに若い世代とブリッジしていく(つながっていく)かだ」と語った。
 奥田氏は今回の騒動について、「新世代・新人類と旧世代の相違が出ている」と指摘。「旧世代は残念ながら死んでいき、新人類が社会を担う、ということを旧世代は想定して考えを決めていく必要がある」とした。その一方、「新世代も、自分たちの規範を作ることが求められている」と注文をつけた」(朝日新聞、平成17年3月8日)

 経済界からの大局的な意見です。いつの時代でもその時代を築き地位を獲得した方達は、次の時代を築くために挑んでくる挑戦者に立ちはだかる大きな壁として存在します。考え方が違うのは当然ですから、非難するばかりではなく少なくとも同じ舞台で論議し合う姿勢が必要です。特に強い立場にある者は挑戦者を批判するのではなく、歩み寄るのか突き放つのか、どちらでもよいのですが挑戦者の主張を堂々と受け止める態度を取って欲しいものです。
 自分達が築いてきた社会の仕組みをいつまでも正しいと思いたい先人達の気持ちは理解出来ますが、社会は一定しているものではなく、次の社会の仕組みについても配慮する気持ちを持つことが大切です。
 固定化した観念を持つことは社会の停滞を意味します。特に地位のある人は、社会は常に良い方向に流れていることを意識して、新しい息吹を遮らないように配慮すべきです。 
 今回の問題はどちらの行動が正しいか分かりませんが、市場化が進展している中、或いは次の時代の情報通信技術を先行させようとしている状況下にあって、既存の枠組みを守るために動きを遮ることに専念するばかりの態度は納得できない部分があると、利害関係がなく責任のない第三者的立場からですが思うところがあります。
 ライブドアが行った時間外取引は、取引成立時点では合法と聞きますから違法性のないものです。公平な取引を阻害し違法性の疑いがあるのであれば、その抜け道をふさぐために立法化するのは当然ですが、それは将来に向かっての話です。万が一、遡及されてその行為自体が違法だとされることがあれば法治国家とは言えません。安心して日常生活の場において取引行為が出来なくなります。
 私達は、自分の行為を法律に照らし合わせて法の許す範囲内で行動、取引を行っていますから、その信頼すべき前提が崩れ、違法の疑いがあるのであなたの行為は非難されるべきだとされた上、取引はなかったものにするのが正当であると言われたら、社会の価値観は根底から崩れてしまいます。
 一方、権力を持つ側が立場を守るために優先すべき株主利益を除外して発行株数以上の新株を発行し、親会社に全数引き取らせる行為は、社会通念上許容しがたいものがあります。日本は恥の文化がありますから、権力を持つ者には納得性のある行為をして欲しいものです。どれだけ権力を持つ人でも、それは天から少しの間与えられたもので永遠ではありません。役割を終えると、次の人にそれを渡す循環を築くことが世の中を進歩させるになります。仮に権力を返すことを拒否しても、やがて天から剥がされてしまうのが結末です。今回の問題を教訓として、人にとっての結末を大切にしたいものです。

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