コラム
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2014/6/16
1479    蒔いて育てる

「蒔かぬ種は生えぬ」、「蒔いた種は生える」と言いますが、そこに「蒔いて育てた種は生える」となり、「蒔いた種を心を込めて育てた芽は育つ」と続くように思います。

松の木を植樹することや桜の木を再生する取り組みに参加していると、人間も木も同じことだと気付くようになりました。30cmから1mほどの松の木を育って欲しい新しい大地に植えます。その時、少しの肥料と添え木を取り付けるのです。強い風の吹く場所に植えた幼木は、根が張るまでは自力で育つことは難しいからです。水遣りなどの人の助けと、将来は立派な松として育ち防風林として人の役に立ってくれると思う人の心があるので、大きく育ってくれるのです。

桜の木も同じです。人間が手入れをすることで育ちますし、年老いた桜の木も人間が元気を与える方法を施すことで元気になり、まだ来ない次の年の春の季節に花を咲かせてくれることになります。蒔くだけで木々は順調に育っていかないのです。

人も同じことだと思います。思いという種を蒔いた後は芽が出るように育てる必要があります。育てるということは思いを持ち続けること、行動を継続することです。育てる行為なくして、芽が吹き成長することはないのです。

思うことは誰でもできる行為ですから、最初の種を蒔くことは比較的容易いのです。ところが育てるという行為は続ける力が必要となりますから、それまでよりも少し努力をすることが必要です。

スポーツや文化が代表的な例ですが、上達するためには毎日の練習を続ける必要があります。続けることで上達しますから、続けることなしに上達することはあり得ないことです。野球であればバットを毎日振ること。サッカーであれば毎日ボールを蹴ること。書道であれば毎日書き続けること。まだあります。お三味線の先生との会話です。

「稽古は毎日続けることが上手くなるために大事なことです。習い始めて三ヶ月の生徒がいますが、もう練習の舞台に出てもらいます」。

「三ヶ月で舞台に立てるのは凄いことですね。その生徒さんは才能があるのですね」。

「違いますよ。稽古で習ったことを、毎日自宅で練習しているからですよ。一週間後に稽古に来た時は、前回教えたことができるようになっています」。

「やっぱり三ヶ月で舞台に立つことは簡単ではないですよ」。

「毎日、練習をしているので舞台に立ってもらうことにしました。毎日続けているから三ヶ月で本番を迎えられるのです。もし一週間に一度の稽古だけだとすれば、舞台に立つようになるまで相当の年月が必要となりますね」と話してくれました。

三ヶ月、毎日練習することと一週間に一度の練習を比較すると、毎日だと三ヶ月で90日も練習したことになりますが、一週間に一度だと12日だけ練習したことになります。計算上、90日の練習にするためには、二年という年月が必要となります。習い始めてから二年間は舞台に立てないというのは、練習が不足しているからだとも言えます。

このように毎日の練習を続けることが、木を育てることと同じような行為になるのです。

思いという種を蒔き、続けることで育って行きます。続けることは簡単なことではありませんし、1,000回も10,000回も継続することは困難なことです。しかし簡単なことを続けることに加えて困難を達成することが、育ち大きく成長することにつながるたった一つの方法です。

「蒔いた種を自分で毎日世話をすることで大きく成長する」ことを知っておきたいものです。