コラム
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2012/11/29
1152    ご先祖様

大和郡山市に慈光院というお寺があります。先日、このお寺を訪ねた方から連絡をいただき会いに行きました。連絡をいただいた理由は、この慈光院は1663年に建立されていますが、建立したのが片桐石州という茶人だったからです。「もしかしたら関係があるのかと思って連絡をした」ということです。旅先でも思い出してくれたことを嬉しく思っています。

果たして関係があるのかないのかは分かりませんが関心のあることなので調べました。Yahoo辞典によると次のように紹介されています。

「近世前期の大名。茶匠。片桐且元(かつもと)の弟貞隆の子で摂津茨木(いばらき)(大阪府)に生まれる。名は長三郎貞俊、のち貞昌。大徳寺の玉舟和尚(おしょう)に参禅し、三叔宗関の号を与えられる。また石州の名は1624年(寛永1)12月石見守(いわみのかみ)に任ぜられたのによる。27年父の没後大和(やまと)小泉(奈良県大和郡山(こおりやま)市)1万6400石を襲封した。33年幕命により徳川家の菩提(ぼだい)所である京都東山知恩院(ちおんいん)の作事奉行(ぶぎょう)にあたったのをはじめ、各所の作事奉行、郡(こおり)奉行、巡見奉行などを勤める。

茶は千道安(せんのどうあん)(利休の子)の弟子桑山左近貞晴(重長(しげなが))に習う。1648年(慶安1)将軍徳川家光(いえみつ)の命により柳営御物(りゅうえいぎょぶつ)の分類整理を行い、65年(寛文5)11月には江戸城黒書院で将軍家綱(いえつな)や老中たちに点茶している。指南書である『茶湯(ちゃのゆ)三百ヶ条』はこのとき上進したものと伝える。これ以前61年(寛文1)12月『石州佗(わ)びの文』を書き、「茶湯さびたるは吉、さばしたるは悪敷と申事」と述べたことは有名。大和小泉慈光院、大和當麻寺(たいまでら)(奈良県葛城(かつらぎ)市當麻)中之坊(円窓の席)に好みの茶席がある。70年三男貞房に家督を譲り、隠居。延宝(えんぽう)元年11月小泉に没す。墓は大徳寺高林院にある」。

大阪生まれで京都や奈良にいたことを考えると近いのかも知れません。ずっと以前、父親から片桐家は京都から来たという話を聞いたことがあります。真剣にルーツを辿ったことはなかったのですが、一体どんな家系なのか興味を覚える出来事です。

それにしても、京都旅行に行った先のお寺の茶室で私のことを思い出し、家紋入りの茶菓子を買ってきてくれたことに感謝しました。そして直ぐに「京都でとても珍しいお土産を買ってきた」とで連絡をいただきこうして先祖の話で会話ができたことは嬉しい限りです。

人はご縁によってつながり助け合うことになります。ご縁のない人とはつながらないのが法則です。何かに関心を向けると、そのことを実現させてくれるようなご縁が発生します。

関心を持つことは焦点を当てることですから、焦点を当てたものが意識の中で浮き上がります。それが明確になった時点で実現に向かって動き出すのです。ですから関心を持ち、そこに意識を向けることで関心に過ぎなかったのが動き始めます。

今回のお土産から端を発したご先祖様の話によって、ご縁のある場所が広がりました。この時期のこのご縁はこれからどう展開していくのか、とても楽しみにしています。 になります。