豊臣兄弟
大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、和歌山市が登場する場面を春から語っていた観光事業者の方と話しました。「豊臣兄弟!」がスタートしたとき「秋頃、紀州が舞台になるので一回ぐらいは豊臣兄弟の紀州攻めが登場すると思うから楽しみです」と話していました。
豊臣軍の紀州攻めは「太田城の水攻め」と「雑賀衆との合戦」そして今年になって地元で注目されている「紀三井寺の春子」などがあります。その後、豊臣秀長が和歌山城を築城するので、これだけでも一回分のドラマが成り立つと思って楽しみにしていました。
観光の仕事に携わっている方々と会う度に「いつどの場面が登場するのだろう。秋が楽しみです」と話していました。大和郡山市が大河ドラマ効果で観光客で賑わっていると聴いていましたが、私たちは「秋になれば和歌山城が取り上げられるので観光客にお越しいただける」と楽しみにしていたのです。
そのための備えとしてスタンプラリーや豊臣兄弟のお土産などを揃えていたと思いますが、令和8年9月20日、日曜日の「豊臣兄弟!」放送では、徳川家康との戦いの後、土佐の長宗我部攻めに入るための準備の場面で「紀州を平定した」、そして「後に長宗我部との戦いに向かうことになりました」という趣旨のアナウンスが入りました。
このとき「おやっ。紀州を平定」と思いました。まさか「紀州攻めの場面がカットされたのではないか」と思ったからです。そんなはずはないと思ったのですが、徳川家康との戦いの後は、長宗我部との戦いに向かう場面になったのです。
三大水攻めの「太田城水攻め」や織田信長と引き分けた戦国最強と謳われた紀州雑賀衆との戦い、根来寺や粉河寺の焼き討ち、和歌山城築城などの場面も紹介されませんでしたし、地元で注目を集めている、紀三井寺と春子の物語も取り上げられていませんでした。最後の春子の物語は逸話なので大河ドラマで取り上げられないとしても、他の場面は十分魅力的な素材だと思ったのですが、ドラマ化することはなかったようです。
太田城主の太田左近や雑賀孫市は魅力的な人物だと思うので、大河ドラマで登場して欲しかったのですが、取り上げられなかったことを残念に思います。
大河ドラマで取り上げてもらえる方法は分かりませんが、「豊臣兄弟!」で和歌山市が舞台になるための方法はなかったのだろうかと思います。
地元では「孫市まつり」や「太田左近の法要と御神輿」が毎年開催されていますし、和歌山城は和歌山市のシンボルです。そして豊臣秀吉が参拝した紀三井寺は豊臣軍が焼き討ちにしなかったお寺で、その理由は謎に包まれています。そのため紀三井寺代表として豊臣秀長と和睦をした春子の伝説があるように、ドラマになるような題材はあると思っていました。大河ドラマの舞台になると観光客に来てもらえるので、秋の和歌山市観光を期待していたのですが、一つの重要な場面を構成できなかったことは残念です。
参考までに、江戸時代の「徳川御三家」の一つだった時代は、日本で6番目に人口が多い有数の大都市として発展していたと言われています。
観光の仕事に関わっている人も「大河ドラマで和歌山市が取り上げられなかった理由は分かりません」ということです。
ところで豊臣秀長が和歌山城を築城してこのお城を居城にする予定でしたが、この頃、豊臣秀吉から大和郡山を領地として与えられたことから、居城をそちらに移すことになりました。もし豊臣秀長が和歌山城主でいたら、和歌山市の歴史は変わっていたかも知れないと思うと、歴史にロマンを感じます。
大河ドラマで大きく取り上げられませんでしたが「豊臣兄弟!」によって和歌山城を始めとする地元の歴史の跡を改めて辿ることができました。この大河ドラマは地元の歴史を学ぶ機会になっています。


