元教育長と当時の幼稚園廃園問題
元和歌山市教育長を訪ねて懇談しました。私が市議会議員に初当選したときは部長で、その後、教育長に就任された方です。一期生の当時、和歌山市内の二つの市立幼稚園の廃園問題が起きていました。
あの時、行政改革の一環として少人数の幼稚園を廃園にすることを当局から市議会に提案されていました。しかし二つの幼稚園の保護者から「子ども達のため廃園は中止して欲しい」と市議会に要望があり、市議会議員の一期生が中心となり保護者と共に廃園に反対する活動を行いました。
その時の教育委員会の窓口が後に教育長になる方であり、私たち一期生と激しく対峙しました。保護者の要望を「尤もなことだ」と考え行動した一期生と行政改革を主張する和歌山市教育委員会が激しく対立し、説明会や意見を聴く集会を頻繁に開催しました。
幼稚園廃園に関する議案は継続審議とするなど保護者の意見を聴く姿勢を主張できましたが、結果として次の議会で廃園が決定しました。保護者の悔し涙を今も覚えていますが、その経験は私の議員活動の基礎になっていました。
元教育長は「あの運動が和歌山市における市民運動の礎になったと思います」と話してくれました。まさに当事者として関われたことが財産になっています。今も尚、元教育長と当時の話を懐かしく語れることを嬉しく思います。
二つの幼稚園の廃園問題で激しく論争した当事者として意見の対立がありましたが、そのことが、今となっては戦友のように感じるのです。激しく論争を繰り広げたことで、今は物語となって語れているのです。
たくさんの問題に対応してきましたが、少数意見を留保することが民意を政治に反映させる基本であることを認識できる大きな出来事が廃園問題でした。これ以上に当局と激しく論争した問題はなかったのではないかと思うほどです。
元教育長は「私が教育委員会の最後の砦だったので、市議会と意見が対立して苦しい思いをしましたが、市長の命を受けて議案を通さなければと必死でした。教師をしている時は経験できないほどの良い勉強をさせてもらいました」と話してくれました。
社会で起きる問題は、それを裏付ける理論と共に関わる人の感情が加わってきます。感情が加わると問題が難しくなるのは、このケースの場合、廃園対象となる幼稚園の保護者にとっては問題ですが、それ以外の人にとっては問題にならないことです。
廃園対象の保護者の感情と、それ以外の人の感情は全く違うので、当事者として大きな問題であっても、それ以外の人にとっては問題ではないということです。だから廃園問題で保護者に関わっていた一期生議員は、他から見ると「何をしているのだ」ということになったのです。
理論に当事者の感情が加わることで問題は複雑化するのです。だから社会で起きる問題を解決することは難しくなるのです。
しかし時間が経過すると元教育長も当時の保護者も、当時の一期生議員もノーサイドになり親しく話せる関係になっています。恨みではなく共に戦ってきた仲間としての認識を共有しています。だから元教育長は「数年前に当時の保護者と会いました。その時『あの時、廃園反対の立場で説明会に出席していましたが、大変な役割を果たしていると思いました』と話をしてくれました。そう感じてくれていたのだ」と話してくれました。
立場が異なっても、真剣に問題解決のために向き合っていることは相手側でも理解できます。それが解決のために必要なことなのです。
約30分でしたが、今につながる懐かしい話を交わしました。「是非、ゆっくり時間を取ってきてください。私は片桐さんの復活を願っています。僭越ですが、来春は必ず戻ってきてください。片桐さんは和歌山市にとって必要な議員だと思っています」と話してくれました。当時のことや今も評価してくれていることに感謝しています。


