経験談を伝えてくれる
困難を乗り越えてきた経営者の方が、有難いことにその経験談を伝えてくれました。「良い時は人が集まってきますが、落ち目になると人は去っていきます。そのときに人の本質が分かります」という話です。以下、続けます。
「当時、私はSNSでいわれのない誹謗中傷を受けたことから心が病みました。『誰にも会いたくない』と思っていた期間が5年間もありました。その間、仕事にも力が出なくて、人と会うことも嫌になっていました。SNSへの批判の書き込みは心に突き刺さったのです。これは経験した人にしか分からないことです。それを克服できたのは5年後で、その理由はSNSに書き込まれた誹謗中傷に対して裁判を起こし、全て勝訴したからです。考えてみると当たり前のことですが、当たり前だと思えなくなるほど精神的に追い込まれるのがSNSです。
今では何を書かれても平気なのは、経験したことと乗り越えてきた経験があるからです。たかが書き込みですから実は病む必要はないのですが、書かれた人にとっては大きな問題に思えます。それを乗り越えると、SNSの書き込みは馬鹿らしくてどうでも良いことだと思えるようになります。
私の周囲には酷い書き込みをされた人がいます。どんな人でも書かれると精神的に参りますし不安に陥りますが、私は『たいしたことではないですよ。だって私でも乗り越えられて強くなったのだから、あなたも一緒ですよ。しつこい人の脅しに屈してはいけません』と伝えています。
SNSで書き込みされたある人は周囲に対して強気の発言をしていますが、実は落ち込んでいたということはたくさんあります。書かれた人が悪いのではなくて、卑怯なやり口をしている人が悪いのです。つまりSNSへの誹謗中傷を裏で書かせた人が悪いことを、多くの人は氣づかないのです。健全な社会があれば不健全な社会があります。一対のものですから、健全に社会に対して発信していけば良いのです。日本人でもアメリカ人でも、中国人でも誹謗中傷をされて心を痛めない人はいません。どの国の人もみんな一緒です。
そして誹謗中傷されている人よりも、その行為をやっている人が社会にとって害を与えていますから、やがて誰が実行していたのか分かりますし、その結果、社会から制裁を受けることになります。やがて相手にされなくなってしまう事例をたくさん見てきました」と話してくれました。
昨日、和歌山市倫理法人会で講義をしてくれた宮田博文さん「優しい社会が広がると住みやすいまちになる」趣旨の話をしてくれましたが、社会に優しい人が増えることで安心できる社会になっていきます。和歌山市の社会文化レベルはどの程度なのか全国水準と比較して分かりませんが、褒め称え合う発信の方が誹謗中傷によりも圧倒的に多いと思います。ただ誹謗中傷は広がりやすく、褒め称え合う声は広がりにくいのです。全てがそうではないと思いますが、誹謗中傷が広がりやすい社会は不健全だと思います。
以上が今朝の打ち合わせの中での意見です。今朝、台風の影響で予定を変更したので、この話になりました。世の中は不思議なもので、行動をしているとどんなことでも絶妙のタイミングで必要な人が現れて大切なことを伝えてくれます。
ある人がこの方のことを「私にとって神様です」と話していましたが、神様とは心が優しくて、「もう駄目かもしれない」と思ったような困難を乗り越えた人たちが発する言葉のことだと思います。
5年間の誹謗中傷を乗り越え、立ち直った経験談を伝えてくれたことに感謝しています。良い人といると良い人とのご縁が広がることを感じています。和歌山市がそんな循環が訪れる社会になることを願っています。


