葵会カラオケ大会に参加しました。先輩からお声かけをいただき参加したのですが、懐かしい皆さんとの懇親の時間を過ごすことができました。話を交わす中で、最近の様子やニュースを知らせてくれました。
Kさん「片桐さん。私の娘が映画館をやっているのですよ。『シネマ203』という映画館で北ぶらくり丁にあります。映画館と言っても客席が15席の小さな映画館で、大きな映画館で公開されていない映画を上映しています。娘は元々、映画会社に勤めていたので、映画の配給ルートがあるのでできているようです。小さな作品が多いのですが、日本で公開されていない映画や全国で数か所だけで公開されている映画を取り扱っているので、関西以外からもお客さんが来てくれているようです。一度、観に行ってくれたらと思います。
娘が小学校2年生の時から高校2年生の時まで毎週映画館に連れて行っていました。当時のぶらくり丁には映画館がたくさんあり、あちらこちらの映画館に行ったものです。
そして初めて連れていった映画は『キングコングでした(笑)』。それで映画の仕事をするようになり、自分で映画館をやるようになったのです」と話してくれました。
私も初めて洋画を観に行ったのは小学生の時でした。父親が連れて行ってくれたのは「007死ぬのは奴らだ」でした。初めての洋画だったので小学生には退屈だった記憶があります。あの頃の小学校では下校時に校門の外で映画の割引券を配ってくれていました。割引券は春休みと夏休み、冬休み前に配ってくれていたように記憶していますが、それは「ゴジラ」や「ガメラ」「東映まんがまつり」だったように思います。ですから洋画は馴染みがなかったのですが、それ以降、映画と言えば洋画だと思うようになりました。そして007を上映していたのは確か帝国座だったように思います。当時は帝国座、国際劇場、東映がありいつでも映画が観ることができる環境でした。きっとKさんの娘さんも同じだったと思います。
ところでKさんは文才があり、当時の社内広報誌に「水すまし」のペンネームで毎月随筆を掲載していました。私も広報担当していたので「おもしろい文章だなぁ」と思って楽しみにしていました。今もKさんとお会いする度に「水すましの連載は読み応えがありましたよ」と話しているほどです。
文化的なKさんの才能が娘さんに受け継がれているように思います。良いご縁なので、和歌山市にある小さな映画館を訪ねてみようと思います。
Yさん「退職して今は徳島県で暮らしています。一か月のうちの2週間だけ仕事をしているので、楽しい毎日を過ごしています。定年後も少し会社に残ろうかなと思ったこともありましたが、70歳になったらできないこともあるので60歳で退職する道を選びました。今の生活は田舎暮らしで好きな仕事をしているし、時間もたっぷりあるのでストレスはなく、この選択が正解だったと思っています。
ところで私が仕事をしている徳島県名西郡神山町で有名なのが『神山まるごと高等専門学校』です。この学校は講師に現役の起業家を招き起業家を育成することを目指し、卒業生の4割を起業家にすることを目標として掲げています。ここはコンビニが一軒だけの相当な田舎ですが、この学校は全国から注目されていますよ。神山の精神は『やったらええんちゃう』ですから、挑戦する小さな町だからこの学校ができたのでしょうね。案内するので一度、来てください」と話してくれました。
この「神山まるごと高等専門学校」のことは知っていますが、まだ訪れたことがありません。一度訪ねてみたいと思います。
Oさん「片桐君、本当に凄いね。熱心だったけれど議員で活躍しているので嬉しく思います。まだまだ活躍の舞台に立って下さい」と話してくれました。現役時代は怖い存在のOさんですが随分と丸くなっていました。厳しいOさんでしたが部下から慕われていたので「O学校」と言われたほど門下生から優秀な人材を輩出していました。
皆さんと懇親しましたが、全てが懐かしさを思い出させてくれました。とても良い時間を戴いたことに感謝しています。


