岡崎ゆみこ先生の絵画展を鑑賞してきました。これは中学校時代の同級生から連絡をもらったもので「岡崎先生が絵画展を行っているので行ってみてください」と同級生グループに案内がありました。そこでギャラリーを訪ねたところ、先生がいたのでおしゃべりの時間を楽しみました。同級生のI君とはカフェで会ってから交流をしているようで、彼に絵画展の案内をしたので同級生の間に広めてくれたものです。案内には先生とI君が並んで撮影した写真が添えられていたので、懐かしくなってギャラリーを訪ねたところ、お会いすることができました。
先生は伏虎中学校、東和中学校、そして紀之川中学校で美術の授業を担当した後、和歌山市立商業高校(現在の和歌山市立和歌山高校)に転任しています。東和中学校には3年間赴任しただけだったそうです。先生とは同級生の話になりましたが、前後の学年の名前も出てきたので、今も多くの教え子とおつきあいをされていることが分かりました。
さて先生は元気に活躍中で、今でも年間個展とグループの作品展を合わせて5回から6回の作品展を開催しているそうです。作品展に出展するために描いていますが、出展する作品の5倍の絵画を制作していると話してくれました。描いた作品の中からテーマに沿った作品を選んでいるそうです。
先生は「描いている時は無心で筆を動かしています。テーマも決めずに描き始めるのは、心に浮かんだことを描くからです。だから、描いている時はどんな線を引くのかは決めていませんし、どんな作品に仕上がるのかも分かっていません。心で思った作品を制作していきますが、絵画展を開催するに当たってはテーマを決めるので、そのテーマに即した作品を選んで出展している」ということです。
岡崎先生に「作品にタイトルがありませんが、どうしてですか」と質問すると「タイトルがあると先入観を持ってしまうので無題にしています。観てくれる方が心で感じたことがタイトルになれば良いと思っています。私の作品には一定の解釈はありませんから、それぞれが感じてくれたら良いと思っています。だからタイトルはつけていません。あなたが観て好きなように解釈してくれると良いと思います。パッと見て感じが良いなと思う作品があれば、それを鑑賞してくれたら良いのです。感じ方は人それぞれで自由です」と伝えてくれました。
先生の作品は曲線が多いのですが、心が思うように自由に筆を動かせている感じです。自由に描いているので解釈も自由だということです。「何を描いているのだろうだとか、どんな意味があるのだろうとか考えなくてよいのです。白紙の心の状態で観てください」ということです。
人の心は知らない間に一般的な解釈や規律で縛られています。本来は自由であるはずの心ですが、長く生きていると社会の制約に縛られているのです。縛られた心を解かしてくれるのが岡崎先生の作品だということです。縛られない心。それは人からも自分からも縛られないことを意味しています。そして自由な心。本来はどこにでも飛び立てる自由な心を持っているのですが、社会経験を重ねる間に縛られてしまうのです。
絵画や音楽、映画には縛られた心を解き放つ効果がありますから、時々絵画鑑賞や音楽鑑賞をすることが必要なのです。人は作品解釈の手掛かりを得ようと作者やAIに質問しますが、先入観を持たないで自分の心で感じることが作品鑑賞だと思います。
岡崎先生、ギャラリーの案内をしていただき、懇談の時間を取っていただいたことに感謝しています。お会いするのは実に50年ぶりぐらいだと思います。


