活動報告・レポート
2025年2月9日(日)
和歌山県隊友会新年会

和歌山県隊友会新年会に参加しました。自衛隊から和歌山市に出向した経験があり、現在川西市危機管理課の猪股地域防災マネージャーから「南海トラフ巨大地震への備えについて」の説明を聴かせてもらいました。

  1. 和歌山県隊友会新年会

    江戸時代、1657年に起きた明暦の大火で5万人から10万人が亡くなりました。当時、江戸の町の人口は約43万人だったので、約1割の人が亡くなったことになります。それほどの大火事だったのです。江戸時代、江戸のまちで約1,800回の火災が発生しているので、毎年4回から5回の火災が発生していたことになります。江戸のまちは火災への対応が最大の課題の一つだったのです。

  2. 関東大震災では、約4万人が焼死した東京の本所被服廠跡では多くの犠牲者が出たことは周知のことですが、原因は火災旋風だったことが分かっています。

    この火災旋風は、地震などの自然災害、空襲など大規模な火災が発生した時に可能性があるものです。

    また和歌山市大空襲の時も火災旋風が発生したと言われていて、この時の多くの犠牲者が発生した教訓から、和歌山市は災害に強いまちづくりを志向したと推測できます。この火災旋風は公園では発生しにくいとされています。

    現在に至る幹線道路網は、火災が拡大しないように、そして避難し易いように整備されていますし、学校と公園が併設されていることも災害に強いまちづくりの証拠になります。

    和歌山県隊友会新年会

    事例として、市内中心部にある大新小学校と大新公園、城東中学校と城東公園、新南小学校と新南公園は学校と公園が併設している事例です。避難所になる学校と公園が併設されたまちづくりをしていることは「当時、戦災の教訓を生かして防災対策を行った和歌山市は、全国で最先端の防災都市であった」ことを示しています。

  3. 自治会長が残っている町といない町、自治会組織のコミュニティの重要性についてです。

    阪神淡路大震災発生時、自衛隊として人命救助のために現地に入りました。ある町では自治会長が避難しないで自宅でいました。「危険なので避難してください」と誘導したのですが、その自治会長は「私が一番、この地域のことが分かっているから」と言って避難しませんでした。でもそのお陰で、自衛隊として絶対に必要な情報を得ることができ救助作業に当たることができたのです。この絶対に必要な情報とは、詳細な位置図と、その家屋に人がいるかいないか、つまり避難しているか、していないかの情報です。

    自治会長の情報に基づいて救助作業ができたことに加え、自治会長がしっかりしている自治会は避難所でも規律正しい行動を取ってくれたので避難所の運営がスムーズでした。

  4. 避難所には毛布は準備していますが、避難所生活に必要なモノは備わっていません。ですから避難所に避難する時は、飲料水や食料、懐中電灯や電池など最低限必要なモノを持参する必要があります。これらは防災グッズとしてリュックサックなどに入れて常に用意しておき、避難が必要な時は持参するようにしてください。防災グッズは避難時に忘れないように枕元や玄関に常備しておくことが大切です。

    多くの人は、災害発生時に避難所に避難すると生活に必要なものは全て用意されていると思っていますがそうではありません。

    災害発生時は自助、そして共助が大前提です。自分が災害発生時に備えることなく公助に頼るべきではありません。参考までに阪神淡路大震災の時、自助共助で助かった事例は全体の90パーセント以上、公助で助けられた人は数パーセントでした。その後の巨大災害では、公助で助けられた人の割合は約10パーセントになっていますが、それでも全体の10パーセントですから、初期行動は自助と共助をすべきです。

元自衛隊員の猪股地域防災マネージャーからの講義は、大いに勉強になりました。戦後の和歌山市は道路や公園の構造から防災先進都市だったことを知り、改めて現代の防災対策に生かすことを考えさせられました。