エンディングについての会議で学ぶことがありました。今では終活という言葉は定着していますが、エンディングとは葬儀に備えることだけだと勘違いすることがあります。それは生きている時間を大事にすることの意味だったのです。自分が亡くなった時に備えて必要な書類や手続きをノートにまとめておくことがエンディングではなく、自分が生きた証を子どもや友人に伝えることが正しい意味なのです。
ですから生きている時間を大事にする中で、自分の人生を誰かに話すことや聴いてもらうこと。その人生の物語を残された人たちに伝えることを大事にしなければならないのです。葬儀に際して自分の生きた証を家族や友人に伝えるためには、自分の物語を書き記すことや聴いてもらっていたことを伝えることが必要となります。その役割を果たしてくれるのがエンディングの仕事に携わっている会社であり人なのです。
飲食組合の組合員さん向けの付加的なサービスとして、このエンディングの説明を聴かせてもらいました。飲食店を立ち上げて人生をかけてお店を運営してきた過程には、語りつくせない物語があります。本人が亡くなってしまうと、その物語は永遠に消え去りますし、後に引き継ぐ人も志や信念、そして数々の物語を知ることはできなくなります。後継者や子どもが直接、話を聴いておくなら良いのですが、親の人生の物語を丁寧に聴く機会は日々の生活の中ではそれほど多くの時間を取れません。
また文章を書くことが好きな人以外は、自分の人生をノートに綴ることやワードに残す作業はしていないと思います。つまりこの世を去るときは人生の出来事や思いなど、自分に関わる全てのものが失われてしまうのです。胸に秘めた志したことや、頑張って達成したことなど形に残っていない全てのものは失われてしまい、決して語られることはなくなります。語られないこと、それはとても寂しいことだと思います。
一所懸命にお店を運営してきたこと。お客さんとの会話や日々の出来事、感動した話などはそのお店の物語として残すことが一番の供養であり、後を引き継ぐ人にとってありがたいことだと思います。
そんな残すべき人生の物語を生前に聴いておいて、万が一を迎えた時に、故人の思い出として葬儀で物語を演出すること。それがエンディングプランナーの役割です。単なる別れの儀式としての葬儀ではなく、故人の物語を詰め込んだ葬儀にして見送るということです。
形のないものを少しでも姿にして見送ること。残された人に届けることは生きた証を残すものであり、命を大切にする尊い仕事だと思います。都心部では仕事として成り立っていますが、地方都市ではなかった仕事なので説明するのは難しいのですが、エンディングの仕事が和歌山市で登場しました。
繰り返しますがエンディングとは生きている時間を大切にすることであり、元気に笑っている時、人の役に立つことを目指して慌しく仕事をしている時の姿を残すことなのです。
日々の暮らしの中で、日々、行動している中から毎日のように小さな物語は生まれています。その人生の全てを伝えることはできませんが、一部であっても人柄を伝えることや思いを伝えることは生きた証を残すうえで大事なことなのです。
「エンディングとは、この生きている時間を大事にすること」です。物語は語らなければ消えてしまうものなので、人生の物語を冊子にする必要はありませんが、一片ぐらいは語って欲しいと思います。人生を賭して飲食店を経営してきたことは多くの人に語れる物語になります。今回は飲食店の方々に向けたエンディングの話になりましたが、誰の人生も同じですから、元気な間にこれまでの物語を語ること、そして記すことは終活の大事な部分だと思います。エンディングに係る説明を聴かせてもらったことに感謝しています。死を考えることは生きている今を考えることになります。
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