和歌山市を拠点として活動している「劇団ZERO」のミュージカル「三婆」を鑑賞してきました。原作が有吉佐和子さんで脚本と演出は島田さんが楽しくコミカルに仕上げてくれました。それまでいがみ合っていた三人の女性が同居している間に、お互いの存在が欠かせないもの人なっていることに氣づいていく物語です。人はみんなそれぞれの価値観が異なりますから、相容れないところは必ずあります。しかし人我を押して孤独になるよりも歩み寄る方が豊かな人生を過ごせることを悟らせてくれました。
出演者の演技は喧嘩をしている場面もコミカルに描いてくれるので、何時から内心が変化しているのか分からないままに物語は進んでいきます。主人公の松子は、家に転がり込んで居候をしている義理妹のタキと旦那の妾の駒代を何度も家から追い出そうとするのですが、コントのように煙に巻かれて思うようにいきません。お手伝いさんと共に理由を考えて仕掛けるのですが、ことごとく失敗するのです。松子が仕掛けをすることで、いつしかお互いの存在を認め合うようになっていくのです。
やがて三人は、人は弱いものだから助け合わなければ生きていけないことを悟り始めます。まだまだ日本が貧しかった昭和の時代を背景に、高度成長期に入る直前の主人公の人生を描いています。それは三人が喧嘩をしているのは、年齢と共に時代に取り残されていく焦りのようにも感じました。過去に縛られているから取り残されていく。松子はそのことを分かっていくに連れて、ご縁があって同じ時代を生きる二人を気配りする感情が芽生えていくのです。
この物語は昭和生まれの私たちが、デジタル社会が成熟していく過程の令和の時代に取り残されていく焦りを比喩しているようにも思います。時代の価値が変わっていく流れにうまく乗っていけない主人公は、同じ時代を生きる二人の下手な生き方に共感を覚えていくのです。それは「自分も時代に沿って上手に生きていくことができない」ことを感じているからです。
それを象徴していると感じたのが舞台の後半の元女中、花子の「この辺りも開発が進み高いビルが建ち始めたけれど、この家は変わっていないなぁ」という、時代の過渡期に生きる難しさを感じさせるセリフです。
主人公の家の女中だった花子は、この家を離れ近所で八百屋を開店させます。高度成長期に女中の立場から抜け出して自力で生きていく決心をするのです。決心をすれば生きていける時代の幕開けを感じさせる場面ですが、年を取った三人はそうはいきません。時代から抜け出せないので、現在の環境でこれまでと同じ自分を生きる以外にないのです。時代の変化に対応できないと悟っている松子と二人は、人生にとって意味のないくだらない争いをやめて、共に愉快に生きることを選択していくのです。
お互いの存在を認め合ってから20年、場面は展開し人生を共にしてきた三人を中心とした仲間は笑顔で暮らしています。笑顔で生きられる今日の幸せを噛みしめているような場面です。人生が成熟していく過程を表現してくれている見事な場面です。
原作を時代の変化に対応して脚本を書きあげた島田さん、そして島田さんと共に三婆を演じた藤本さん川端さんの演技は見事でした。主役を盛り上げながら存在感を示した出演者の方々の舞台は笑いと感動がありました。
また舞台は昭和の時代の歌が効果音として流れていましたが「サイモン&ガーファンクル」の「Mrs. Robinson」と「Scarborough Fair」はその中でも特筆でした。もしかすると「三婆」は人生の一時期を「卒業」していく姿を描いているのかも知れません。「卒業」はそれまでの自分と異なる自分に成長していくために住み慣れた場所から旅立つ青春の儀式ですが、「三婆」も戦後から高度成長期に移り行く時代に、ようやく馴染始めていたのかも知れません。私達は令和の時代を生きています。今も慣れないデジタル社会を力強くいきたいものです。
和歌山文化協会「茶花展」に参加しました。午前11時からの開会式には和歌山県と和歌山市から来賓をお迎えしてテープカットしました。お客さんにはお茶を一服していただき、その後に野に咲く花を鑑賞していただきました。
茶花展の一輪の花は野に咲いている花です。庭に咲いている花を摘んできて飾るなど、お茶と共にほっとする時間を与えてくれるものでした。和歌山文化協会会長は「花は人の心を優しくしてくれます。人生に彩を与えてくれます。今日の茶花展をゆっくりと鑑賞してください」と挨拶がありました。毎日の生活の中で私たちに彩を与えてくれるものは多くはありません。今日の茶花展は私たちに一服の彩を与えてくれる時間となりました。