活動報告・レポート
2024年10月7日(月)
帰国

早いもので本日、帰国の日を迎えました。台東縣訪問は弾丸行程となりました。

午前5時50分に起床し朝日を眺めてから午前7時にホテルを出発しました。午前6時前に起きたのは理由があります。逐日の夜、執行長との懇談を終えた後、陳さんが「宿泊するホテルは目の前が海なので太平洋が見えます。朝早く起きて下さい。太平洋からの日の出を是非、見て欲しいのです」と話を聴いていたからです。

もしかしたら、台東縣から太平洋の日の出を眺める機会は二度とないかもしれないので、早起きしました。部屋を出てホテルの前から道路にでると言葉にならない太平洋からの日の出がありました。水平線から太陽が昇っていく光景は感動の言葉以外の何物もありません。ただ感動です。私たちは日常生活の中で太陽が昇る光景に感動する日は多くはありません。むしろ「見たことがない」「当たり前」という答えが返ってきそうです。普段、太陽が昇る光景を見ることはありませんし、見たとしても感動することはありません。ところが台東縣の太平洋からの日の出には必ず感動します。この光景を見るだけでも台東縣を訪れる価値があります。

台東縣の太平洋からの日の出

太陽が昇る光景を見た太古の人達は「神」と称え、世界の国々で太陽神が誕生し、太陽に神の姿を見たのです。太陽が生命を生み出してくれたので。古代の人達が太陽に神を見たのは当然かもしれません。現代人は「太陽神」を敬う習慣はありませんが、ここで見る太陽は太陽神を感じます。と言うか素直に自然が織りなす奇跡の光景に感動するのです。アトラクションでもなく博覧会でもない、当たり前に繰り返される自然の光景を見るだけで感動するのです。

これは南紀の自然と全く同じ感覚です。山々と森に神が宿ると進行されてきた熊野は自然信仰の聖地であり、日本人の心であるのと同じように、台東縣の人にとって太平洋から登る太陽は神の化身かもしれません。むしろそんな意識がなくても、生活にこの光景が溶け込んでいるので自然に感謝、訪れる日々に感謝しているのです。

陳さんは「台東縣には若い人が生活するには退屈かもしれません。しかしのんびり生活できることが良いと思います」と話してくれましたが、その通りだと感じました。海岸線に沿って走る道路を歩いていると、地元の人が散歩していました。すれ違う時に交わす「Good morning」「Have a good day」の言葉がとても心地よいのです。こんな一日の始まりがあるときっとストレスはなくなりますし、心が満たされる日常があると思います。

 太陽と共に起きて生活が始まる。太陽が沈むと活動を終える。豊かな生活を求める人間にとって当たり前のことですが、残念なことに日常はそうなっていません。朝起きるけれど眠たい眼差しで太陽を見ることもない。夜は遅くまで仕事や飲み会の生活で睡眠時間は削られている。台東縣の早寝早起き、のんびりの生活とはかけ離れています。日本人が働き過ぎて疲れていた1990年代に熊野で「癒し」を発信したのは、豊かな日常生活を過ごすために時には「熊野に行って癒されよう」と訴えたのと同じです。

台東縣訪問

「台東縣で太平洋に昇る太陽を眺めて感動しよう」と言いたいと思います。昇る太陽を見て、リゾートとは遊ぶことではなく日常が穏やかで、生活が豊かになることだと感じました。台東縣と和歌山県は癒しの地であり、満たされた日常生活に戻るために必要な聖地リゾートだと思います。和歌山県の今年の観光の売りは「聖地リゾート」ですが、山と海に囲まれた台東縣も「自然界リゾート」だと思います。青く光る太平洋と頭に雲を頂く3.000メートル級の山々がある。それだけでも絶景で観光地に相応しい場所です。昨日、台東縣に要望しましたが、太平洋からの日の出を見て思いました。ここではサイクリングや散歩などの交通手段が適しているかもしれません。

さて陳さんとのお別れの瞬間です。陳さんが「皆さんが私の故郷を訪ねてくれる日を楽しみにしていました。その予想通り昨日は素晴らしい時間でした。昨夜帰宅して、この時間をなくしてしまうのはもったいと思いました。今朝から文房具店に行ってサイン用の紙とペンを買ってきました。ここに何でも良いから言葉を書いてください。額に入れて部屋に飾ります。これは僕の宝物ですからお願いします」と話してくれました。

朝7時出発ですから陳さんとホテルで会ったのは午前6時30分過ぎのことです。こんな感動を伝えてくれるとは予想を超えていました。わずか30分のお別れの時間は、惜しむ間もなく直ぐに過ぎ去りました。

台東縣訪問

でも再び会えると信じています。陳さんは「執行長と一緒に和歌山県と白浜町そして熊野古道に行きます」と話してくれたので僕は「空路をつなぐため再び台東縣に来ます」と答えました。 立谷さんも「台東縣がこんなに真剣であれば、私達も真剣に答えなければいけません。やり遂げたいと思います。外国でこんなに歓迎してくれたのは初めてです。台湾人がこんなに親切で温かいことに感動して、さらに台湾が好きになりました」と話してくれました。再会を願っての今朝の別れとなりました。感動の二日間をありがとうございます。