東京大学災害対策トレーニングセンターを訪ねました。同センターは東京大学駒場キャンパス内にあり、わが国の災害対策について研究を行っています。
このセンター設立の趣旨は次の通りです。
世界の有感地震の約25パーセントは日本で発生しているのですが、残念なことに防災産業が存在していないのです。日本に防災産業が存在していないこと。上場企業の中で防災に関係しているのは一社だけで、それも本格的なものになっていません。つまり防災は商売になっていない現実があり、その観点からするとわが国の防災力は弱いということになります。防災が商売になるのであれば企業は参入するからで、大手企業が参入していないのは産業ではないからです。そこで東京大学が参入しようと研究しているのです。
既にケニア、韓国、マレーシアそしてインドネシアから研修に訪れているように、国や地方自治体の防災担当職員であれば、身につけなければならない知識を学ぶことができるのです。地方自治体の防災職員さんですが、人事異動があるため専門家を育てる環境にありません。きつい言い方をするなら専門家は一人もいないのが、比較的小さな地方自治体の防災課ということです。
そこで地方自治体の防災担当の職員さんが知っておくべきノウハウを網羅した「災害対策業務フィールドガイド」を発行しています。この内容は同研究所が過去の災害を分析した結果、47種類の災害対策業務フローがあり550のやるべき仕事があることをまとめています。
つまりこの一冊があれば、地方自治体として非常時にやるべきことが全て実施できることになるというものです。後手になることなく先見性と戦略性をもって防災の仕事を遂行できることになります。災害発生時、地方自治体は公助の役割をしっかりと果すためにも日常からの備えと繰り返しての訓練が必要となるので、過去の経験から培ったノウハウを共有しておきたいものです。
ところで訓練とは、一回だけでもやっておけば非常時に役立つ知識や技術もあれば、何度も繰り返して訓練しなければ役立たない知識や技術があります。行政の防災担当以外の人、そこで住んでいる人や地域の防災リーダーには、一回だけでも経験して非常時に最低限役立つ知識と技術を身に着けておく必要あります。一度も訓練していない技術は避難や避難所運営において全く役立ちません。
巨大災害発生時には公助を期待してはいけないことを前提として、地域の皆さんが自助と共助で避難行動と避難所運営をする必要があります。全ての人が防災の知識と技術を習得する必要はありませんが、せめてリーダーは訓練しておくべきです。災害発生時に「市や町、県は何をしているんだ」という人は必ずでてきます。行政職員さんの自宅が崩壊しているかもしれませんし、自身や家族に不幸があるかもしれません。災害が起きた時に全員が出勤できることはありません。多くて半数ぐらいの職員さんが出勤できると見做して、自助と共助で避難する以外に助かる手段はないのです。
小さな町でやれることは、地域ごとの「海抜表示」と「避難経路」の看板表示です。アプリや携帯電話は電気があることが使える前提なので、情報を届けるためにアプリを備える必要はありますが、災害発生直後の被災地で使えるかどうかは分かりません。デジタルとアナログの両方の備えが必要となります。
先の宮崎県が震源地の地震で初めて南海トラフ注意報が発令されましたが、これは「昨日よりも今日、確実に注意のレベルが高まりましたよ」というものです。明日、直ちに巨大地震が到来することの注意報ではなくて、確実に危険度は増しましたということです。
白浜町がお盆の時期に海水浴場を閉鎖したことに対する否定的な意見もありますが、「では通常通り何もなかったかのように、観光客に海水浴を楽しんでもらう選択肢はありましたか」との質問された場合を考えてください。「大丈夫です。津波が来て海水浴客が命を落とした場合、私が責任を取ります」と言える人はいるでしょうか。まして危険度が高まった状況下で、白浜町長が「責任を取ります」とは言えるはずはありません。防災対策を「何もなかったから」という結果論で評価すると対策は間違ってしまいます。
これまでの経験から、防災対策でやろうとして直ぐにできたためしはありません。やってみて失敗、失敗、失敗、また失敗、その次に少し前進して「ここまでやれた」となりますが、その次の段階でまた失敗の繰り返しです。巨大地震や津波から命を護る対策は簡単ではありません。失敗を繰り返して、繰り返して、やっと前進できるのです。一度の海水浴場の閉鎖が「経済的損失があり失敗だった」言うべきではないのです。次はどうすべきか考えることが地域防災力の強化となります。
巨大地震や津波が発生した場合の損害が例えば50億円だとします。事前に備えておくことで損失は10億円で済みます。それほど予防しておくことが重要なことです。しかも被害が発生した場合の復旧と復興はゼネコンの仕事になりますから、地元の経済効果は少なくなります。事前対策の場合、地元の会社が仕事を請け負うので経済効果があります。どちらを選択しますかということです。自助と共助の考え方を、災害予防の場合の考えにも適用したいと思います。
どこまで取り入れるかは地方自治体の本気度次第です。東京大学が過去の災害を分析した結果のノウハウであり、防災産業化を目指すほどの取り組みだから試さない選択肢はありません。東京大学災害対策トレーニングセンターでも学ぶべきことがたくさんありました。同センター理事には、大切な時間を割いていただいたことに感謝しています。