大雨の影響で河川に上流部から流れ込んだ土砂が堆積している個所の現地視察を行いました。
太陽が輝き約35度の気温の中、土砂が堆積している個所を歩きました。個々の河川は曲がりくねっている個所があり、また90度に屈折していることから地形的に土砂が堆積しやすい箇所になっているようです。
石を積み上げた堤防が土砂で埋まっていたり、同じく階段に土砂が堆積していることから2段だけ見えている個所がありました。土砂が堆積していることから河川の幅が極端に狭まり、大雨で水量が増すと一気に増水するような状況になっていました。
平成30年の台風第21号の時に増水したことがあり、その後、浚渫をしたのですが、また土砂が堆積していました。
この個所は上流部ですから大雨が降ると増水し、この土砂が下流に流れ込むことになります。下流には住居地があるので河川が増水すれば危険な状況に陥ります。事実、この河川は大雨の時には氾濫し、過去何度も住居が被害に見舞われています。昭和の時代には人が河川に飲み込まれて海まで流されたこともあり、地元は大雨への備えには注意を呼び掛けているのです。
上流部の土砂の浚渫をしておかないと大雨の時には危険な状態になるので、浚渫する方向で挑戦しています。台風シーズン、停滞する大雨もあり得ることから、下流地域の安全と河川氾濫防止のために対応しています。
和歌山市立博物館で「陸奥宗光と和歌山−宗光を支えた紀州の賢人−」夏季企画展が開催されています。本日、この企画展を鑑賞してきました。
この企画展は「第36回龍馬World in和歌山」大会を記念して企画してくれたもので、大会と同時開催となっています。「陸奥宗光を支えた紀州の賢人」がテーマになっているように、故郷の外務大臣の功績を辿りながら、宗光を支えた紀州の人々についても詳しく触れています。
紀州の賢人として津田出、児玉仲児、山東直砥、岡崎邦輔を始めとする故郷の偉人の宗光との関りも紹介されています。そして兄貴分である坂本龍馬についても触れられているので、物語仕立てで分かりやすい展示になっています。
龍馬と宗光は勝海舟との出会いや海援隊での活動を通じて当時の人々の中ではいち早く世界を知ることになります。世界を知ることで「古い考え方の人が支配している幕府の体制では世界と対等に話ができないばかりか、開国を迫る列強に支配されてしまう」と考えるようになるのです。龍馬が暗殺された後、その志を受け継ぐ一人として、新政府の中で日本を列強と対等な国にすることを目指すのです。それが生涯をかけて挑んだ不平等条約改正なのです。宗光は駐アメリカ公使在任中にメキシコと「日墨修好通商条約」を締結します。当時のメキシコは先進国であり、日本にとって初の平等条約の締結でした。そして外務大臣に就任した後に「日英通商航海条約」を締結するのです。これは領事裁判権の撤廃と、関税自主権の一部を回復した条約で、新政府の悲願であった不平等条約改正を成し遂げたのです。
イギリスは当時の覇権国でしたが、この条約締結により日本は一等国の仲間入りを果たし、近代国家への道を辿ることになるのです。もちろん新政府の悲願は維新の志士達の悲願でもあり「龍馬と宗光」の悲願が叶った歴史が刻まれました。
2階は夏季企画展のコーナーになっていて、資料も豊富で見やすく工夫されているので見応えがありました。
是非とも多くの方々に、故郷の外務大臣の功績とそれを支えた紀州の賢人の功績を説明している夏季企画展を鑑賞して欲しいと願っています。