活動報告・レポート
2023年10月27日(金)
「龍馬World in 四万十」大会前夜祭

龍馬World in 四万十実行委員会主催の「龍馬World in 四万十」大会に参加するため、「紀州宗光龍馬会」のメンバーと和歌山市から開催地の四万十市に向かいました。

和歌山市からフェリーで徳島県に入り、そこから高知県四万十市までの約7時間の移動となりました。

本日開催された全国龍馬社中役員会では、これまでの活動の結果報告と協議事項の審議を終えた後、来年の和歌山大会の報告の時間がありました。「紀州宗光龍馬会」から、全国の龍馬会の皆さんをお迎えするために、現在、企画と準備に取り掛かっていることを報告しました。

この役員会と引き続いて開催された前夜祭では、四万十市と坂本龍馬に関わる話を聞くことができました。

龍馬は若い頃に四万十川に堤防を築いていますが、その堤防を構築したことが地元で龍馬との関わりとして今に伝わっています。四万十市でも龍馬の人気は高く、高知市と共に四万十市も地元だと感じる熱意が伝わってきました。若い頃のこの堤防構築のエピソードも大事にしていますし、龍馬会メンバーはもちろんのこと、四万十市市役所観光課の職員さんも熱く龍馬を語っています。地元の偉人を語ることで、その志を継承していることが分かるものでした。

続けて、人間、坂本龍馬を感じることができる話もしてくれました。

坂本龍馬が英雄になったのは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の影響が大きいと思います。最近、司馬史観は正しくないだとか、史実に即していない作り話などの評価を聞くことがありますが、わが国の英雄を大事にしないことが問題であり残念に思っています。

司馬遼太郎が龍馬を取り上げて書こうと思ったのは、龍馬と同じ時代を生きた多くの人が、龍馬の言葉や思い出を語っていたからです。同じ時代を生きて実際に出会った人達が「龍馬の凄さ」を周囲に語っていたので、人物像や物語が残っていたのです。

司馬遼太郎が龍馬を書こうと思ったのは、そんなエピソードがたくさん残っていたからなのです。誰も評価していない人物や語り継がれていない人物を、司馬遼太郎が小説の主人公に取り上げることはありません。人物として良い評価もそうでない評価も含めて、坂本龍馬の人物像が司馬遼太郎の心に突き刺さったのだと思います。繰り返しますが、語り継がれているエピソードが心に突き刺さり「坂本龍馬を書かなければならない」と思ったのではないでしょうか。

坂本龍馬を語った多くの人が評価したのは、行動力と多くの人と出会っていたことにあります。「竜馬がゆく」に書かれている明治維新に向かう行動の全てが、実際は龍馬が基軸になっていたかどうかは分かりませんが、そのきっかけを作ったのは龍馬であり、歴史の流れを築く人物の一人として龍馬が関係していたと思うのです。

歴史学者であれば資料や文献などから史実を追求していきますが、私達は「竜馬がゆく」で書かれている行動や志を素直に受け取ったら良いと思うのです。「竜馬がゆく」は、多くの人が評価をしている国民的作家、司馬遼太郎が書いた小説なのです。

作家が資料を捜して、裏付けも調べて、現地に赴いて、そして想像力を働かせて書いた小説を、同じように時間と労力、そして心を込めて、歴史を全力で生き抜いた人物を描いた小説を読んで感動したのであれば、素直に龍馬の生き様から学ぶことが大事なことだと思います。

全国の龍馬会は、坂本龍馬の生き様から何かを学び、自分で行動して周囲を変えていくことを目指している団体です。だから何も龍馬を尊敬して奉ろうとするものではありません。

何かに躊躇している自分が、龍馬から勇気をもらって行動につながることを目指している団体なのです。小説を読んで感動してそれで終わり、龍馬ファンが時々集まって、懇親会をして終わりの団体ではないのです。

全国の龍馬会が全国大会を持ち回りで開催しているのは、龍馬の志を各地で伝え、この国と地域に刺激を与えるためです。坂本龍馬という日本史で最大ともいえるヒーローの志を引き継ごうとしている団体の全国大会が、私達の県や市にやってくる。そのことだけでも凄いことだと思います。

坂本龍馬が生まれた高知県を訪れると、その熱い空気を感じることができます。高知市や四万十市の案内板、銅像、おみやげ物、観光課の職員さんの熱意、そして全国から集まった龍馬会のメンバーとの交流を通じて、龍馬の行動から自分に必要なことを学んだ人たちが、それぞれの地域で志を持って行動している、その空気を感じるのです。このような人との交流機会、この次の行動に向かう力を授けてくれているように感じます。

前夜祭には全国、そしてタイやフランスから開催地に集まった仲間と出会うことができました。これで刺激を受けないはずはありません。明日の大会当日を楽しみにしています。