活動報告・レポート
2022年3月24日(木)
島根県視察
出雲大社
出雲大社 出雲大社

県議会会派のメンバーで島根県の出雲大社を訪れました。神聖なこの場所を訪れたことには理由があります。

大和朝廷ができたころ、都を中心に東に延長線をひいた先端が伊勢、西に延長線をひいた先端が出雲の地でした。人が暮らす大和が現世なので、亡くなった人の魂の帰る場所が必要となりました。文明を築いていた時代ですから、人がこの世での役割を終えて亡くなった後に魂が帰る場所を求める必要がありました。

太古の時代、現世からもっと遠く離れた場所に魂が帰ると信じられていました。その時代は信仰こそ現代の化学だったのです。そして伊勢の地が太陽、つまり日の昇る地域だったのに対して、出雲は日が沈む地域なので、両地点が神の宿る神聖な場所とされたのです。

そのため出雲は夜の世界を司る神とも言われていると聞きました。そこで今回は、この歴史に導かれた出雲の国について教えてもらうことを目的として訪れたものです。

出雲大社 出雲大社

さて、駐車場から出雲大社の境内に入ると、そこは朝の空気が張り詰めていて心身が引き締まるものでした。現在ではパワースポットと呼ばれることがありますが、ここは古来より聖なる地であの氣の満ちた場所なのです。

社殿に参拝した後、社殿を左に周り聖なる八雲山とスサノオノミコトの社に参拝しました。この場所は自然の神が宿るところで、社の周囲を歩きましたが、やはりここはエネルギーが満ちています。岩と苔、小石、砂などに強い力が秘められている日本の大事な場所だと思っています。

大和から東西南北は都を護る大事な場所であり、伊勢、出雲、そして和歌山県の熊野もそれに該当するもので、感じられる張り詰めた空気に親和性があります。熊野も伊勢や出雲と同じように神宿る力を持った場所だと感じます。伊勢は日が昇る場所、出雲は日が沈む場所、白山が白色、熊野は黒色、聖なる場所らはそれぞれ対比した意味があり、結界として四方からわが国を災いから護ってくれているのです。

出雲大社 出雲大社

神にこの国を護ってもらうためには信じることが必要で、そのためにはその場所を訪れること、そこで感謝の気持ちを伝えることが大事なことだと思うのです。

気持ちをもって信じなければ護ってくれないのは神も人も同じです。

田部家
田部家 田部家 田部家

吉田町の名士である田部家と町の関りを紹介してもらいました。田部家の出身は和歌山県田辺市であり、室町時代に和歌山県から島根県に来たそうです。ここで鉄づくりを始めて江戸時代に日本刀作りで藩を支えたそうです。視察に訪れた奥出雲前綿屋鐡泉堂では、田部家の歴史と「たたらの里づくり」について聞かせてもらいました。地域の伝統を護り続けてきた名士の思いと力を感じ取ることが出来ました。地域を支えてきた名士の存在が発展に不可欠であることを感じることができました。

菅谷たたら山内
田部家 田部家

菅谷たたら山内の保存修理事業の視察を行いました。ここは江戸時代には日本刀作りが盛んな地域でした。その背景として鉄鉱石が採れたことと、木々が茂っているので木炭が確保できるという条件が揃っていたからです。

その拠点となっていたのが田部家の刀工房の高殿でした。家屋内には土で作られた製鉄炉があり、砂鉄と木炭を燃やして鉄を作るわが国で最古の技術です。しかしこの地域でも現存しているのはこの高殿だけとなっています。そこで雲南市では後世に残すため平成24年度から平成26年度にかけて修理事業に取り組み、現在も刀職人が生活していた三軒長屋の修理事業が継続されています。

田部家

日本刀は折れてはいけないので強さが求められますが、しなやかさも併せ持つ必要があるので難しい技術だそうです。切る箇所は強く、それ以外の部分はしなやかで、しなるようにつくられています。そのため日本刀の原料は最上級の玉鋼だけを厳選して使われており、強さとしなやかさを持つような技術で作られていたそうです。その技術は一子相伝で他に知らせることはなかったそうです。

参考ですが、この高殿は映画「もののけ姫」のイメージになった場所として知られていることを聞きました。また司馬遼太郎さんがここに座して田部家当主と「街道をゆく」の対談を行ったことも聞かせてもらいました。

鉄のまち雲南市吉田町を訪ねて、ここに伝わる深い歴史と日本刀の技術の凄さを感じることができました。