活動報告・レポート
2021年7月15日(木)
氷雪の門
氷雪の門

毎年の恒例行事ですがメンバーを募って北海道の稚内市の稚内公園を訪ねました。

この公園には「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」の台詞が刻まれた石碑が建立されています。

これは興味がなくて観光で立ち寄れば一瞬で見てしまうような石碑ですが、映画「氷雪の門」を観た人やこの実話を知っている人にとっては、想いを持って佇む場所になります。
今も先の大戦でのポツダム宣言受諾後に南樺太へのソ連軍の侵攻を国や軍に知らせて、わが国を守ってくれた9人の乙女の覚悟に感謝していますし、自らを犠牲にした尊い行動に感動しています。覚悟を決めて行動を取るのは簡単なことではありません。しかし覚悟した行動は結果を出すことにつながりますし、覚悟の対象を守ることにつながります。映画「氷雪の門」は時代を超えて覚悟の尊さを伝えてくれるものです。そして稚内市ではこの物語を学校教育に生かしていることを聞きました。教育委員会は歴史を学ぶ、伝える、引き継ぐことを目指しているように思います。

氷雪の門

和歌山市も先の大戦で空襲を受けました。しかしそのことを学校で物語性を持って自らが語れるように学んだ記憶はありません。
その和歌山市の空襲のことは、僕にとっては子どもの頃に両親から聞いただけの記憶です。母親が空襲の直前に貴志川に疎開したことや、疎開先の貴志川から和歌山市の方角を見た時、真っ赤に空が焼けていたことや、逃げていなかったら生きていなかったこと、そして光景を見て怖くて震えたことなどを聞いているので、僕もこの空襲の歴史をわずかに知っているのです。
経験者や先生が子ども達に、体験してきた歴史や学んだ歴史、そして自ら体験したことを語ることはとても大事なことです。
いま振り返ると、和歌山市の空襲や陸奥宗光外務大臣のことを話してくれた両親は素晴らしい人だったと今更ながら思います。誠実に育ててくれたことに感謝するばかりです。そのことに感謝して、両親からいただいた命を大切にして故郷のために使いたいと思います。苦しくて戦後の何もないところで生活をしてきた両親は、故郷が良い町であり、子どもがここで働いて生活することを望んでいたのです。この両親の思いも歴史に刻まれたものだと思います。

氷雪の門 氷雪の門

映画「氷雪の門」を刻んだ石碑と展示物は、いつも守るべき故郷、歴史、覚悟を感じさせてくれます。これは稚内市の石碑と教育ですが、それは和歌山市でも故郷の歴史を学び語り継ぐことの大切さは全く同じことだと思うのです。
稚内市の地元の方に聞いたところ、「樺太で起きた『氷雪の門』の物語については学校で習っていますから、物語は当然知っています」と話してくれました。
そして乗車させてもらったタクシーの運転手さんからは「地元に記念碑があることは嬉しいことで、若い人たちにこれからも伝えていかなければと思っています」と話してくれました。

氷雪の門

僕も研修会で一緒に行ったメンバーに「氷雪の門」のことを説明したところ、「この映画も『氷雪の門』の物語も知らなかったです。知ることが大事なことです」などの感想を聞かせてくれました。参加した皆さんはこの映画を観たことがないため、帰ってから和歌山市で上映会をして欲しいという希望も聞かせてもらいました。

毎年のことですが、この「氷雪の門」の石碑を訪ねた皆さんは、先の大戦における日本の隠された歴史と平和の尊さを感じてくれています。そして関心を持って映画上映会を希望してくれるのです。この希望に応えて一昨年はデサフィナードさんの理解と協力を得て、「氷雪の門」の上映会を開催しました。今回も新たにこの歴史を知ってくれた皆さんがいるので、学習の機会を持ちたいと考えています。歴史を学ぶことは故郷の歴史にも興味が行くことになりますから、この活動を継続していきたいと考えています。