和歌山フラメンコ協会設立20周年記念式典に出席しました。式典会場はポルトヨーロッパ・インターナショナルシアターで感染症対策を実施して、また来場者も制限して開催しました。
和歌山県にフラメンコの文化を呼び寄せて、さらに「和のフラメンコ」を創りあげた功績は多大です。「和のフラメンコ」は日本風にアレンジしたフラメンコであり、和歌山県から発信しているオリジナルのフラメンコです。二つの顔を持つフラメンコを舞踊できる森久美子先生と舞踊団は和歌山県に新しい文化を生み出してくれました。同協会が誕生してから20年を迎えたことをお祝いしたいと思います。
さて和歌山フラメンコ協会顧問としての記念式典での挨拶の趣旨は次の通りです。
おはようございます。本日、和歌山フラメンコ協会が設立20周年を迎えたことを皆さんと共に喜び合いたいと思います。そして祝辞をいただきました来賓の皆様、森会長を始めとする役員の皆さん、そして会場にお越しの皆さんに心から感謝申し上げます。ありがとうございます。
設立10周年の時も和歌山マリーナシティでお祝いの会を行いましたが、早いものでそれから10年が経過しています。その期間、皆さんのフラメンコの舞台を鑑賞させていただきました。
スペインを感じさせる情熱のフラメンコ、和歌山県の独自の文化として定着している「和のフラメンコ」、森先生の演出の下、非常に難しい技術が求められるレッスンに励んできた皆さんの舞台は私達に感動を与え続けてくれています。
フラメンコの舞台演出と共に多くの人にフラメンコを鑑賞してもらいフラメンコ文化を拡大するために誕生させたのが和歌山フラメンコ協会だと認識しているので、20周年を迎えられたことを顧問として皆さんと同じように嬉しく感じています。
和歌山県の文化を発信してくれている和歌山フラメンコ協会がこの先も私達に感動を与える舞踊を発表し続けて欲しいと思いますし、一緒に文化を創り上げていくことを願ってお祝いの挨拶といたします。本日の式典、心からお祝い申し上げます。ありがとうございます。
記念式典終了後、舞台をポルトヨーロッパに移動して、お祝いの意味を込めた「第21回フラメンコの祭典inポルトヨーロッパ2021」を鑑賞しました。
和歌山フラメンコ協会の皆さんが、雨模様の空に「歓喜の思い」が届くような喜びを踊りで表現してくれました。思いが届いたのか小雨となり、晴れやかなお祝いに満ちた舞踊が続きました。
和歌山フラメンコ協会設立20周年を、皆さんと一緒にお祝いできたことを嬉しく思います。
そして森久美子会長が語った「設立当初に持っていた情熱は今も全く変わっていません。これから30周年、40周年と続けていけたら良いと思います」、そして「顧問の皆さんの心のこもった挨拶の言葉をいただいたことに感動しています」の挨拶に感動しています。森会長の身体から伝わってくるフラメンコに賭けた強い情熱を感じ取っています。感動を共感できる機会を得たことは有り難いことですし、今から約15年前にこのご縁を結ばせていただいたことに深く感謝しています。
これからも和歌山県から情熱のフラメンコと、和のフラメンコを発信し続けてくれることを期待しています。
竈山神社において「小野田寛郎翁植樹15周年記念祭」と「小野田寛郎翁植樹乃碑除幕式」を行いました。主催は「陸奥宗光外務大臣の功績を教育に活かす実行委員会」で、故郷の偉人である小野田寛郎翁の植樹に込めた思いを継承し、功績を称えることを目的として開催したものです。主催者の熱意が雨予報を吹き飛ばしたようで、気持ちの良い除幕式を挙行することができました。
さて記念祭は「小野田寛郎翁の植樹乃碑」建立について吉良宮司のご祈祷をいただきました。
故郷の偉人の功績を私達がお祀りできる機会を得たことは誇りであり、小野田寛郎翁の植樹の意味を歴史に刻めたことを嬉しく思います。
もう記す必要がないほどですが、竈山神社は神武天皇の長兄である彦五瀬命をお祀りしている神社です。対して小野田寛郎翁は宇賀部神社の系統なので、神武天皇との戦いに敗れた名草戸畔の末裔とされています。
「記紀」によると、名草邑の統治者だった名草戸畔は神武東征との戦で敗れて戦死したとされています。歴史上、竈山神社との因縁があるわけですが、小野田寛郎翁は生前、このことを「もう忘れましょう」という思いで、竈山神社に植樹してくれたと思います。
植樹から15年が経過して植樹した2本の「ウバメガシ」は成長しています。
その植樹した場所の前に記念石碑を建立し、本日の除幕式へとつながっています。「記紀」から始まった歴史は現代に続いていて、令和の時代も歴史を刻んでいます。本日を以て「神武天皇と名草戸畔」との闘いの歴史は終止符を打ち、令和の時代に共にこの国の平和を築くために力を合わせる誓いを立てたことになったと、主催者は解釈しています。
この新たな歴史を記し、後世にまで伝えるために記念石碑を建立したのですから、単なるイベントではなく記念祭でありお祀りごとだと捉えています。故郷の偉人がつないでくれた歴史のタスキを受け継いだ証として、趣旨に賛同してくれた皆さんの協力を得て記念石碑を建立できた慶びに浸りました。
このことを除幕式に参列してくれて石材を御寄贈してくれた丸喜石材さんに感謝の気持ちを伝えると「この歴史的な取り組みと記念式典に加えさせてもらったことが喜びです」と謙虚に語ってくれたことから、この記念石碑建立の偉大さが分かります。人を動かす力を持った取り組みは誇りであり力だと思います。
「陸奥宗光外務大臣の功績を教育に活かす実行委員会」の活動は今に始まったものではありません。地道に故郷の偉人の功績を称え、その功績と志を教育に活かすことを目指して、学校教育の場で実践してきたことや偉人を敬うための講演会や式典を行ってきた積み重ねが、今日の信頼へとつながっていると感じています。
それが記念石碑建立への道を開いてくれたものと思いますし、丸喜石材さんに思いが伝わったと感じています。社会に貢献する事業は、どんなものでも個人ではできません。志を同じくする母体と行動力があって実現できるものです。
「小野田寛郎翁植樹乃碑除幕式」も多くの皆さんの支援と協力があって実現できたものです。今日の記念式典に参列して改めて感じたことは、故郷の偉人を称え敬うことを、わが県の教育に活かすべきだということです。小野田寛郎翁の「不撓不屈」の志を、「果たして故郷教育に活かしているのだろうか」、「この先、和歌山県の偉人として認めてくれるのだろうか」と思ってしまいます。
勿論、故郷の偉人を称えること、その功績と志を学校教育に活かすこと。そのために何度も何度も講演会を行い、学校教育の授業に入らせていただき、そして故郷に誇りを持つための行事の募集に応募しているのです。
これは主観ですが、関係機関と熱量を共有できるまでには至っていないと感じているので、この歴史的事業を、熱意をもって語りたいと考えています。そして竈山神社境内に記念石碑と言う形あるものが出来ました。歴史教育や観光案内などの機会に見学してもらい、語りたいと考えています。
「記紀」は続いており、そこに記されるほどの価値ある記念石碑が建立されたことを、和歌山県民として慶びたい一日となりました。
飲食組合の方と、飲食店舗の休業と時短協力に伴う協力金について打ち合わせを行いました。明日、5月17日から申請用紙の配布と受付が始まりますから、情報伝達の漏れのないように準備を行っています。応募用紙は和歌山県飲食業生活衛生同業組合事務局に配備しますので、和歌山市内の飲食店の皆さんにはご活用いただきたいと思います。
また和歌山県内の感染症が5月31日までに収まらない場合に備えて、考えられる対応策について協議を行いました。飲食店も1年以上も感染症対策に取り組み、行政からの協力要請に協力しています。もう限界に近づいていること、限界に達していることを感じます。これで支援策は終わりではなくて、まだ続く可能性があることを全体として危機管理の考え方で事業継続に向けた協議を続けています。