活動報告・レポート
2021年3月19日(金)
真贋
真贋

結果からモノを言うことはとても簡単です。よく言う例えに「評論家みたい」という言葉があります。あまり良い意味ではなく「結果系だったら誰でも評論することが出来る」ということです。結果が導かれる間に動いている人は大変です。何しろ動いている時は、果たして結果が導けるかどうか分からないのですから。

でも結果を出せるかどうか分からない時に、動ける人が凄いと思います。できなければ批判されますし、結果が出せた場合、その仕事に関係する多くの人から「私がやりました」という声が届くからです。

真贋が分かりにくいのは「動いている途中経過は、当事者以外は誰にも分らないから」です。しかも真剣に動いている人は「話が外に漏れたらいけない」「邪魔されないように水面下で」「本当のことかどうか分からないけれど、成功する可能性を自分は感じているから行動しよう」と外部に対しての言動は慎重にしますから、決してその動きは外部からは分からないのです。

だから結果が出た時に、本人以外の誰かが「私がやりました」と言っても、多くの人は真贋を見抜くことはできないのです。

本当に実行している人の多くは謙虚ですから、自分から「私がやりました」とは言いませんから、実行した人であるか分かる方法を考えてみました。

  1. 結果に至るまでのストーリーを話すことが出来る。しかも表面に出ていない結論に至るまでの過程を含めて話すことが出来る。
  2. 自分の言葉でしっかりと話すことができる。
  3. 自分が作成したペーパーで説明することができる。役所が作成した資料やホームページからコピーした資料だけで説明する場合は怪しいと思います。
  4. その人が動いている最中に途中経過を聞いたことがある。
  5. 自分の言葉を用いて自分だけの資料を作成している。
  6. ホームページなどに、そのことに関して行動している途中の記録が記されている。
  7. 相談を持ち掛けても、その時はうまく逃げているのに、結果が出た時はそのことを棚に上げて伝える場合は怪しいと思います。

真贋はなかなか見抜くことは難しいのですが、以上のことから推測できるのではないかと思います。困難な問題に対して、結果を導くために動くことは簡単なことではありません。しかし行動に移して、しかも粘り強く続けることで結果を得ることが出来るのです。説得するためには資料が必要ですから、多くの場合は自分の考え方をまとめるなどして作成しているはずです。書くことをしないで言うだけで結果を得ることは出来ないと思います。相手を説得、納得させるためには、資料に基づいて説明することが求められるからです。

ですから何かの資料が残されているか、表面に出ていないことを説明できるかによって真贋は見抜けると思います。

繰り返しますが、結果が出てから「その結果」を言うことはとても簡単です。しかし「その結果」を、どのように動いて得ることが出来たのかを話すことは難しいと思います。記録やホームページを後から更新し直すことは難しいので、過去においてそれらの個所に書かれている場合は本当に行動した人だと推測できると思います。

人の真贋を見抜くことは難しいことですが、言動や記録などから推測して見抜く力をつけたいと思います。世の中は偽物が溢れていますから、気をつけたいと思います。

その他
  • 複数の企業の皆さんと、和歌山県の健康寿命を延伸させるための支援について話し合いました。健康長寿日本一を目指す和歌山県にとって力強い支援だと感じています。
  • 航空機の整備に関して意見交換を行いました。先進事例を基にして、和歌山県内で環境を整えることができないものかを協議しました。専門家の意見を聞いています。
  • 事業再編の計画について協議を行いました。業態変更を検討している企業がいるため協議を行っています。