活動報告・レポート
2021年2月11日(祝・木)
紀元祭と神武天皇
紀元祭と神武天皇
紀元祭と神武天皇

伊太祁曽神社で開催された紀元祭と講演会に参加しました。紀元祭は今年が皇紀2681年であることをお祝いする式典です。西暦に660年を加算すると皇紀になると覚えて欲しいと思います。建国記念日の今日、一宮神社である伊太祁曽神社での式典を楽しみにしていました。

講演会は「陸奥宗光外務大臣の功績を教育に活かす実行委員会」立谷会長から「神武天皇が投げた剣」をテーマに話してくれたものです。実行委員会のメンバーも多数参加して、太刀ケ谷神社について学ぶ機会となりました。

日本書紀では、竈山神社を出立した神武天皇一行の足取りは、新宮市の佐野まで書かれていません記紀に記述がないため、紀伊半島をどんなルートで南下したのか分からないのです。

そこで白浜町の地元で伝わる話を基に、神武天皇が白浜町に立ち寄ったとされる説明をしてくれました。海路で南下していた神武天皇一行は、台風の影響で田辺湾に避難することになります。大きな波を避けるため、湾の中の太刀ケ谷湾、古賀浦湾とも呼ばれている湾に侵入しました。この湾は現代においても、巨大な台風が到来してもほとんど波が立たない静かな湾であることから、神武天皇が避難したことも頷けます。

紀元祭と神武天皇

言い伝えでは神武天皇一行は3日間、ここに滞在したということです。滞在中、地元の村人からお世話をしてもらったそうですが、一向に大波が治まらないので、苛立った神武天皇は腰の太刀を海に「静まれ」と言わんばかりに投げ込みました。不思議なことにそれで台風の波が静かに収まり、出立する準備を始めたのです。その時、村人は神武天皇に海に投げた太刀を「貰い受けたい」と依頼して受け取りました。

出立に当たって神武天皇は「これから戦に向かうので大声で叫んだり、派手な見送りはしないで欲しい」と依頼したのです。そこで村人は静かに一行の出立を見送ったのです。村人はその剣を御神体としてその地にお祀りしたのですが、太刀を御神体としたことから「太刀谷神社」と名付けて、地元でひっそりとお祀りするようにしていたのです。その時の約束事は「このことは、しゃべるな」ということだったのです。

紀元祭と神武天皇

それから約2630年間以上も神武天皇がこの地を訪れたことや太刀ケ谷神社の存在も秘匿してきたのです。この掟が破られたのは今から約50年前のことです。白浜町教育委員会が太刀ケ谷神社の調査に訪れたのです。それが後に白浜町民族無形文化財として指定されることにつながるのですが、この時に太刀ケ谷神社の存在が知れるようになりました。

但し、地元の方々は神武天皇と祖先との約束事を護り続けました。その証拠に、白浜町以外では和歌山県内においても太刀ケ谷神社の存在は知られていなかったのです。旧暦の8月1日のお祀りは、その後もひっそりと知られないように続けられてきたのです。

しかし近年、地元の方が高齢化したことや住んでいる人が減少していることから「このままでは太刀ケ谷神社の由来やお祀りが途絶えてしまう」と危惧するようになりました。そこで「大事な約束事ですが、2600年以上も経過したのでもう解禁しても良い頃だろう」ということになり、神武天皇が立ち寄ったことや太刀ケ谷神社の存在を知らせるようになっています。

紀元祭と神武天皇

「人に話すこと、伝えることで、歴史は語り継がれ、守られる」のです。

太刀ケ谷神社が神武天皇に由来していることを裏付ける「記紀」への記述はありませんが、お祀りでは宮中用語を使っていることが証拠の一つになります。例えば「おしとぎさし」や「貴方の御膳」などの言葉を使っていることです。

またお祀りで焚くお米の量は一升二合と決まっていますが、これは神武天皇がこの地で食べた一日のお米の量だと伝えられています。

以上の内容の話を伝えてくれました。改めて太刀ケ谷神社の由来と、これまで秘められてきた理由を知ることが出来ました。

講演会の後、奥宮司から「太刀ケ谷神社のことが日本書紀に書かれていない理由が分かったような気がします。日本書紀は正当な国史ですから、当時の編纂者達は文献調査と共に各地に聴き取りに行ったと思います。しかし太刀ケ谷神社の地元の村人は『しゃべるな』の神武天皇との約束事があったので編纂者には言わなかったと推測できます。それが日本書紀に記載されていない理由ではないでしょうか」と締めくくってくれました。

紀元祭と神武天皇

日本書紀に記されている「五十猛命(いたけるのみこと)」を祀る伊太祁曽神社で、日本書紀に記されていない太刀ケ谷神社の講演が開催されたことは、正当な国史と口碑が重なった瞬間です。神武天皇はこの瞬間が来ることを願っていたと思うのです。今日、2月11日は旧暦の12月31日ですから、明日は旧暦の元旦となります。国史と口碑が重なった日を起点して旧暦の新年を迎えることになります。新しい時代を切り拓く講演会になったと考えています。

飲食店の現状

飲食組合役員の方と、先に和歌山県知事と和歌山市長に飲食組合からの「要望書」を渡した最近の情勢を聞かせてもらいました。1月の売り上げはお店の感染症対策を取っているにも関わらず大幅に減少していることから、緊急事態宣言の都府県と同様の支援を受けなければ、休業や廃業につながってしまうことを危惧しています。一度、休業や廃業をしてしまうと、同じ事業者で再開することはありません。コロナ禍以降も和歌山県の飲食店はダメージを受けることになり、まちの活力も失われたままに放置されることになります。

東京都や大阪府と言っても大都市ばかりではなく、和歌山市と規模が変わらない市町が多数あります。そんな市町の小規模な飲食店が、1月だけで約180万円も純利益で支給されているのですから「この格差は何なのか」ということになります。

緊急事態宣言の市町と同じよう確定申告を行って税金を支払っている飲食店なのに、支援が受けられないことは府県間で不公平感を生んでいます。その不公平感を補ってくれるのが県や市だと思います。今を切り抜けられるような支援を検討してもらうことを目指しています。

企業誘致会議

今週の火曜日、水曜日に続いて、本日も企業誘致の会議を開催しました。和歌山県にハイテク産業に来てもらいたいと願う一心でリモート会議を含んだ会議を行って、都度、誘致のための対策を検討しています。

誘致につながるための情報連携を行っているので、リモートを活用しながらこの取り組みを継続していきます。