政策練習会に参加しました。コロナ禍にあって研修会の参加は久しぶりですが、経営者からの講義はとても刺激になりました。
講師は相互タクシー株式会社の田畑孝芳社長で「コロナ禍における企業の取り組み」について話してくれました。以下は田畑氏の講義を基にして、僕が解釈してまとめたものです。
和歌山県で新型コロナウイルス感染症が初めて発生したのは令和2年2月でした。直後から売り上げは減少していますが、企業として取れる対策は二つだけです。
一つは緊急融資を受けること。もう一つは雇用調整助成金を受けることです。この二つで企業活動を行いながら雇用を守っています。企業は現金があれば何とか経営できるもので、資金を確保することが大事なことです。例えば売り上げが10パーセント減少したなら何とか対策を考えられるので手段はあります。しかし売り上げが半分ぐらいになると、効果的な手段はありません。
今は資金を準備しておくことと雇用を守ることに尽きます。極端なことを言うと、会社を休業して全員に対して雇用調整助成金を適用することが企業を護ることになりますが、企業は公器ですからそれはしません。「お客さんが待っているから」の使命感が仕事を支えています。会社も運転手さんも、決してお金だけで動いているわけではないのです。
コロナ禍において保健所が大変な状況になっています。また東京都や大阪府などは病床の確保にも苦心しています。パンデミックを予測している場合、余裕のある病床確保が必要ですが、病院の経営を考えるなら、普段の患者さんから割り出した適正な病床を確保することが利益を得られることになります。つまり使わない病床を確保しておくことは無駄になるのです。
無駄か余裕かは経営の考え方で違ってきます。効率化を求めるなら無駄になりますし、社会の危機管理を担う覚悟を持っているなら余裕となります。このような医師や看護師、病床や水道施設などは社会共通資本であり、この分野に市場主義を導入してはいけないのです。
ここで社会的共通資本の定義を紹介します。出典は宇沢弘文氏の「社会的共通資本」の資料からです。
- ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置。これらは自然環境で、山、森林、川、湖沼、湿地帯、海洋、水、土壌、大気などを指します。
- 社会全体にとっての共通の財産であり、それぞれの社会的共通資本にかかわる職業的専門化集団により、専門的知見と職業的倫理観にもとづき管理、運営されるもの。これらは社会的インフラストラクチャーで道路、橋、鉄道、上・下水道、電力・ガスなど。
- 一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を保ち、市民的自由を最大限に確保できるような社会を志向し、真の意味におけるリベラリズムの理念を具現化するもの。これらは制度資本で、教育、医療、金融、司法、文化を指します。
宇沢弘文氏はこれらのものは市場主義に適さないと分類されていて、社会に必要なものは無駄ではなく余裕を持って確保しておくべきものだという考え方です。コロナ禍にあってでさえ市場主義が蔓延していますが、社会的共通資本の考え方は参考になります。
2019年のデータですが、年収200万円以下の人は1,927万人です。同年、働いている人は5,995万人なので実に32.1パーセントの人が200万円以下の所得であり非正規雇用になっています。コロナ禍で生活に困っている人の支援を考えるなら、業種だけではなくこの部分も考えるべきです。
またGDPのうち個人消費の占める割合は約65パーセントなので、今後、個人消費を喚起する施策が必要となります。100年に一度とも言われている最大級の緊急事態ですから、個人に対する財政支出は有効な手段となると思います。これらの経済対策は、アメリカやEUの国の対策からまなぶことができます。政治は経済であり、経済を変えるためには政治を変えることが必要となります。
講義の内容の要旨は以上です。
最後に社長が参加者からの質問に答えて締めてくれました。
質問。「政治家は選挙の時にお願いにきます。しかし政治家に私からお願いしたことはありません。政治家は私達の意見を聞きに来るべきだと思います」。
回答。「政治家に何を求めているのでしょうか。穴の開いた道路を直すことの依頼ですか。
溝蓋をつけることを頼みたいのですか。そんなことを頼むために政治家に投票するのではありません。現在の政治の流れ変えることを託して選んでいるのです。社会の理想を実現してもらうために政治家は存在しているのですから、個人の小さなことを頼むために政治家がいるのではありません。そんな政治家を選ばなければ、例えばパンデミックに際して有効な対策を講じられないことになるのです」。