活動報告・レポート
2021年1月17日(日)
陸奥宗光外務大臣の功績を教育に活かす実行委員会
ぶらくり丁イベント

和歌山市のぶらくり丁のイベントに参加しました。昨年から実施している商店街内の路上でのHoneygoldのミニライブに加え、今回から飲食などの出店をして賑わいを創出することになりました。商店街を訪れたお客さん達が立ち寄ってくれる、そしてミニライブを楽しむ光景があれました。ぶらくり丁にこの光景は、とてもよく似合います。今年は毎月、開催される予定なのでみんなで盛り上げていきたいと考えています。

イベントでは、かつてぶらくり丁で賑わいの中心だった丸正百貨店についての話が出ました。「和歌山市で暮らしている40歳代以上の人にとって、丸正百貨店の思い出があると思います。思い出と共に懐かしさがあります。かつての賑わいを取り戻すことはできないかも知れませんが、バーチャル空間などの違う姿で復活できる時代になっています。かつてこの場所に丸正百貨店があったことを伝えていなかければ、若い世代にぶらくり丁の思い出はないと思うので、時代の進展と共に中心地再生はますます難しくなっていく」ことなど話し合いました。

時代の変遷は、語り継がないものは忘却の彼方へと追いやってしまいます。世代によって思いは違うので、ここに思い出のある世代が「和歌山市の皆さんの思いと、歴史のある大切な商店街であること」を語ることが大事だと思います。このままでは再生に至る道は厳しいと思うので、やれることから実施することを応援しています。

陸奥宗光外務大臣の功績を教育に活かす実行委員会

「陸奥宗光外務大臣の功績を教育に活かす実行委員会」定例会が開催されました。冒頭、和歌山市出身の外務省大臣官房総務課長であった和田幸浩氏のご逝去への黙祷から定例会を始めました。和田課長は、外務省の故郷の先輩である外務大臣陸奥宗光伯のこと語ってくれるなど、本会の発展を支えてくれていました。例えば本年の行事として、令和3年8月21日の「陸奥宗光先生乃像」建立50周年記念会に参加してくれる予定でした。

突然のご不幸が訪れたことから故人となり、本人の無念さは勿論のこと、私達会員も、これからの日本を担う存在と信じていた和田会長がお亡くなりになったことに無念さを感じています。

ご冥福をお祈りすると共に「陸奥宗光先生乃像」建立50周年記念会を立派なものに仕上げる覚悟を誓い合いました。心からご冥福をお祈りしています。

引き続いて立谷会長から「天然痘(疱瘡)から生命を救え!医師小山肆成」の学習会を担当してもらいました。言うまでもなく江戸時代の医師小山肆成氏は、日本で初の国産天然痘ワクチンの開発に成功した故郷の偉人です。ジェンナーよりも早く開発に成功した医師ですが、全国的には知られていない存在です。

私達の会では、陸奥宗光伯と共に故郷の偉人の功績を伝え、その志を今に生かすことを目的にしています。小山肆成氏もその偉人の一人だと捉え、その功績と志を伝えています。昨秋、立谷会長が小中学校の授業で講義をしたので、その教材を大人向けとして編集して学習会を担当してもらいました。

天然痘は人類を最も苦しめた病原菌であり、その致死率は20パーセントから40パーセントとされていました。致死率の高さも脅威ですが、12日病とも呼ばれていた通り、感染から12日後には死に至る時間猶予も与えられない病気だったのです。奈良時代に残された記録によると、当時の人口約450万人のうち約150万人が死に至ったようです。その恐ろしさが伝わっている数字です。

しかもこれだけの国民が死ぬということは国家体制が成り立たないことを示しています。それまで土地は国の所有だったので国が民に農地を貸していたのですが、人がいなくなったことから耕地が荒れてしまったのです。つまりお米が収穫できない環境となり、それまでの国家体制が崩壊したのです。天然痘が発生してから以降は社会のしくみが変わったのです。それが自分で新しく開墾した耕地の永年私財化を認めるしくみに変わったのです。天然痘は、私有財産を認めるという国家のあり方も変えてしまったのです。

「新型コロナウイルス感染症以降の社会はこれまでと違うものになる」と言われていますが、一体どのように変わっていくのか分かりません。天然痘が流行った奈良時代の社会変化は、現代の社会の変化の参考になると思います。

国家体制すら変えてしまった天然痘から人を救うことは、国家としての長年の懸案でした。江戸時代になってワクチンを開発した小山肆成氏の功績と生き様を、もっと全国に誇るべきだと思います。この会がその母体になっている存在であると会員として認識しているところです。

小山肆成氏の功績と生き様を学習して、更にその思いは強くなりました。そこに故郷の偉人として小野田寛郎氏、上野精一氏、そして和田幸浩氏も現代の偉人だと思います。誰かが語り継がなければ存在すら忘れ去られてしまいます。そんなことにならないよう、私達が現代の故郷の偉人について語りたいと考えています。

また令和3年最初の定例会だったことから、会員がそれぞれの今年の抱負を発表しました。意欲的な一年になることを願って活動しています。