活動報告・レポート
2020年8月18日(火)
再び太刀ヶ谷神社
再び太刀ヶ谷神社

白浜町の立谷元白浜町長、元県議会議員の事務所を訪ねました。数件の案件について意見交換を行いました。立谷さんは親切丁寧で、相談事には常に真摯に対応してくれる方です。社会生活に問題がある行為、社会人として「それはどうかな」と思う人に対しては、正論で意見を伝えてくれる人でもあります。

自身の首長時代の経験から、公務員さんとはコミュニケーションを図ることが大事です。反発しあうと行政の仕事は遅れますし、協力し合うなら案件は進み始めます。行政の許認可に対しては急ぎの場合が多いのですが、今の時代、無理強いやごり押しではなく、問題点を出し合ってそれを解決するために協調する方が早く進むことがあります。協調するために大事なことは日常からのコミュニケーションです。

普段は知らぬ顔をしているけれど、困った時には立ち寄っていく。それでは協調することはできません。スムーズに協調するためには日常の付き合いが大事になります。役所近くまで行った時は、用件がなくても挨拶に立ち寄ることは第一歩です。行政手続きは安心で平和な社会生活を過ごすために必要な調整をするものです。一方の人が利益を受けるけれど、その近隣の人がそのために不利益を被るような申請は許可されないように、社会は法律や条例、役所内の基準や内規によって規定されています。全ての人が平穏な社会生活をおくれるように法律が制定されています。公務員さんは法律に基づいて、依頼事項を行政ルールに基づいて検討、判断し、必要な手続きをしているのです。

現場で起きていることと定められた守るべきルールとの間に微妙な差を感じることがあります。「それは違うよ」だとか「そんなルールは時代にそぐわない」などの意見があるのはそのためです。微差が大差になっていけば立法府によって法律の改正が検討されることになりますが、微差の状態であれば行政機関による個別判断になります。社会や地域、その状況などによって解釈は異なりますが、自分がやろうとしていることが地域社会にとって受け入れられるものであれば「許可」「認可」となりますし、社会に受け入れられない場合は「不許可」「不合意」と判断されます。

自分の主張を押し通そうとするよりも、協調する姿勢を持つことの方が、現代社会において歩み寄りはあると思います。

太刀ヶ谷神社 立谷元白浜町長

意見交換を終えた後、二人で太刀ヶ谷神社に参拝しました。何度も解説しているので、詳しくは記しませんが、日本書紀によると、神武天皇が台風に襲われた時に波の穏やかな田辺湾に上陸し、そこで村人のおもてなしを受けて3日間滞在し、その後、熊野に向かったとされています。その時に神武天皇の刀を村人が貰い受け、御神体としてお祀りしたのが太刀ヶ谷神社だと言われています。太刀を御神体としたので太刀ヶ谷神社と命名されたのです。

立谷さんは、この太刀ヶ谷神社を護り続けてくれている方でもあります。ただ地域が高齢化しているので、毎年9月1日に開催しているお祀りの運営を担ってくれる地域の人が少なくなっていることが課題だと説明してくれました。「そのため運営してくれる人を地域の外の方にも募りたいと思っています」という状態です。白浜町の無形文化財にも指定されている同神社ですから、地域の財産として護り続けて欲しいと思います。

参考までに、9月1日は神武天皇が熊野に向かうためにこの地を出立した月日で、この日をお祀りの日としています。暑い日差しの中を歩きましたが、神社が近づいて来ると暑さが緩和されます。木々が生い茂っているため当然のことですが、神社に近づくに連れて暑さが和らぎ気持ちが落ち着いてくるのです。鳥居を潜るとそこからは護られた領域に入ります。暑さも蝉の声も消えて静寂の音があるだけです。こんな体験ができるのが太刀ヶ谷神社なのです。

太刀ヶ谷神社 太刀ヶ谷神社
その他
  • 皆さんからの要望に応えるための活動をしました。道路の凸凹への対応について。固定資産税に関する対応について。身の危険を感じていることから防犯対策について。未利用地の活用について。教育現場で発生している問題への対応について。本日は以上のことに対応しています。