活動報告・レポート
2020年7月12日(日)
歴史を学ぶと武器になる
歴史を学ぶと武器になる

「歴史を学ぶこと、知ることは武器になる」。こんな話を伝えてくれました。この話に及んだのは、僕が「和歌山県白浜町にある太刀ヶ谷神社の話を奈良市の人に話した」ことがきっかけです。

今まで知らなかった故郷の歴史を教えてもらったことで、今では人に話すようになっています。

知識がなければ太刀ヶ谷神社の話をすることはないのですが、知り得たことで「和歌山県の歴史の話」を伝えることができています。そしてこの話は、繰り返しになりますが、令和2年が日本書紀編纂1300年の記念の年であり、「陸奥宗光外務大臣の功績を教育に活かす実行委員会」においても、そして和歌山県においても節目の年の観光PRに役立てようとしていることから話題にしています。

日本書紀で伝えられている歴史に関係する舞台の一つに和歌山県はなり得ます。日本書紀を観光に展開できる県は限られていますが、お隣の奈良県とも歴史物語で連携できればお客さんは両県に来てくれることになります。

そのためには故郷の歴史を知り、語れなければなりません。知らなければ話せません。語れなければお客さんに来てもらえません。つまり前述の言葉「歴史を学ぶこと、知ることは武器になる」は和歌山県のことを知ってもらったお客さんを、私達の故郷に呼び込む力になるということです。そこに歴史の足跡があり、物語があるからできることです。

事実、今日、友人に「来週、太刀ヶ谷神社に行きます」と話したところ「そんな神社があることを知りませんでした。僕も参拝したいので連れて行ってください」と答えが返ってきました。そこで「この神社は神武天皇に由来する神社ですが、神主さんもいない小さな神社だと聞いていますが、それでも良いですか」と伝えると「そんな歴史のある神社であれば行ってみたいです」と言うので、一緒に行くことにしました。

これまで太刀ヶ谷神社の話を聞いて伝えていますが、未だここを訪れたことがないので、早く現場を訪れることで話せる話題が増えることを楽しみにしています。

「歴史を学ぶこと、知ることは武器」になりますが、現場を訪れることはその武器を更に強力にしてくれます。物語を知って現場を知ること。そうなれば、観光的な話であれば完璧に人に話すことができます。今月は太刀ヶ谷神社、来月は光明皇后陵、どちらも直近、ご縁のあった歴史の地を訪ねる予定です。聞いた話で興味があるものは、自分で調べるなどして知識を増やし広げることでより知識は深まっていきます。聞いた話を自分のものにすることで、知識と行動が増えていくことは楽しいことです。

山東直砥氏

和歌山県出身の山東直砥氏の名前を初めて聞きました。しかも和歌山市和歌浦出身ですから、生誕地は僕と同じなので興味が湧きました。

父親は栗栖儀平、19歳で父を失くしてから母方の山東と名乗って名前を一郎と改めたそうで、教えてくれた人によると「とにかく、なんでもチャレンジ人生の人です」ということです。

  • 1840年天保11年2月7日生まれ。令和2年で生誕180年。この年はアヘン戦争が勃発した年です。
  • 1904年明治37年2月14日死去。享年65歳。令和2年で歿後116年。この年は日露戦争が始まった年です。

坂本龍馬、陸奥宗光に仕えた人物だと聞いていますが、そんな二人の偉人に仕えて鍛えられた人は「どのような人だったのか」と想像すると楽しくなります。そして明治維新後には、陸奥宗光伯の懐刀として神奈川県参事や実業家として活躍をしていたそうです。故郷和歌山県の偉人だと思いますが、あまり語り継がれていないことから和歌山市民であっても知る人は少ないように思います。