先輩であり恩人でもある方のお見舞いに行って来ました。入院しているのは、くしもと町立病院です。胆のうの石を摘出した手術を行ってから入院しているのですが、元気だったので安心しました。
現役の時から本当によく面倒を見てくれて可愛がってくれた先輩です。退職してからも気にかけてくれて、何時も選挙の時は「大丈夫か」と自分の息子のように心配してくれて、声援をおくってくれていました。どれだけ経験を重ねても決して追いつけない尊敬する存在の方です。
今日も病室で、最初に和歌山市議会議員に立候補する時のことを語り合いました。それは所属している組織から、なかなか推薦を受けることができなくて、推薦決定をしてくれたのは統一地方選挙の前年の12月27日のことでした。12月27日は仕事納めの日だったのですが、先輩が推薦について直談判してくれて決定してくれた経緯があります。
その時の話は次のようなものだったと聞いています。
「片桐君という若い後輩が和歌山市議会議員に立候補する意思を固めている。若い芽を摘み取ってはいけないと思うし、何よりもあなたの後輩ですよ。もし推薦しなければ職場を割ってでも立候補するので大変なことになると思います。今日、推薦決定してあげて欲しいとお願いに来ました」と話してくれたそうです。
その日に推薦決定をしてくれたので、翌年の統一地方選挙に推薦を受け立候補することになったのです。歴史に「もし」は禁物ですが、推薦してもらっていなければ推薦なしのまま立候補していたと思いますし、結果もその後も分からなかったと思います。見通しができていなかった状況から、ある程度の見通しを立てた戦いをすることができたのも先輩のお陰だと感謝しています。
平成15年4月の統一地方選挙は初陣でもあり、多くの困難を乗り越えて挑戦したことから思い出に残るものですが、多くの人に支えられて立候補できたことを忘れていません。
今日、先輩に会って、あらためて感謝の気持ちが湧いてきましたし、「この人がいなければどうなっていたのだろう」と思うと、感謝の気持ち以外にありません。
現役だった先輩方も退職されて年齢を重ねています。指導してもらったこと、食事や飲みにつれてもらったこと、経験談を話してくれたこと。スポーツジムに通ったこと、度々研修会に行ったこと、そして引き上げてくれようとしたこと。先輩がしてくれた全ての行動に感謝しています。
僕が今ここにあるのは、影日向になって支えてくれていたからで、今もずっと支えてくれていることを嬉しく思います。いつまで経っても僕が後輩なので、先輩でいつづけてくれることを頼もしく思いますし、甘えさせてもらえることを嬉しく思います。指導してくれる人、苦言を呈してくれる人、叱ってくれる人、でも最後は励ましてくれる人がいることは幸せなことだと思います。
お見舞いを終えて「ずっとずっと元気でいて下さい」と心の中で呟きながら病室を後にしました。これからも元気でいて、時にいつものように「元気にしているか。頑張っているようだね」と励まして欲しいと思います。
串本町から和歌山市に戻り、県庁に入って一般質問の内容に関して議論を交わしました。
議論を交わすことでお互いの考え方を共有できますし、今、見つかっていない答えを探すために探検しているような気持ちになります。宝物はないとしても、宝物を探す過程を経験することが宝物なのです。
自分が経験したことは語ることができますが、経験していないことを迫力を持って、事例を交えながら語ることができませんから、経験することはとても大事なことだと考えています。県政の課題について議論を交わすことは、常に新しい経験をしているようなものです。議論を行い知識や見識を得ることで、人に語ることができるのです。
一般質問は真剣勝負の場なので、この機会に議論することは新たな経験を重ねていることになります。真剣勝負の前に過ごす時間は真剣になりますから、充実したものになっています。