待望の阪和道和歌山南スマートインターチェンジの開通式が執り行われました。和歌山市内に三か所目のインターチェンジが開通したことになり、利便性の向上、渋滞緩和、物流や観光面での効果が期待できるなど、多くの利益をもたらしてくれる高速道路です。特に和歌山市の東南部地域にとっては待望久しいインターチェンジで、移動時間の短縮や土地利用の可能性が広がりました。
僕も県議会一般質問で、このインターチェンジを取り上げたことがありますが、当時は即座に進めるような答弁ではなかったので、思った以上に早く計画が進展したことを嬉しく思っています。
開通式の後、新しい道路を走行したのですが、次の約束場所である県民文化会館までの移動時間が大きく短縮されたことに驚きました。大幅に遅れると思っていたのですが、思っていた以上に早く到着したので、早速、この新しい道路の利便性を享受できました。
インターチェンジや幹線道路が完成すると当該地域の発展につながることが期待できますから、今後の東南部の発展を楽しみにしています。
福祉イベントが開催されたので会場に行ってきました。市内の作業所の皆さんや施設の経営者がたくさん来場されていて、ステージではライブも行われていました。和歌山市を拠点として活躍している「恭やんバンド」の演奏に作業所で働く皆さんが一緒に参加して、歌を歌ってくれました。共に歌ったメッセージを伝える感動の舞台がここにありました。
舞台から降りたばかりの出演者の皆さんは「良かったぁ」と感動の余韻に浸っている感がありました。その中に入って話を伺うと「毎週3回も練習してきたので大変でしたが、今日の舞台に立って良かったと思っています」、「舞台で歌うことは楽しかった」などの感想を聞かせてくれました。
一所懸命にやると人は感動して共感を持ってくれます。仕事の合間に練習をしてきたことが分かったので応援したくなりました。素敵な音楽を聴かせてもらい、終了後は出演した皆さんと感想を話し合いました。やり遂げたという皆さんの充実感を感じることができました。
母の月命日のためお墓参りに行ってきました。春めいてきたので、お墓も明るい雰囲気がありました。そんな墓地にあって母のお墓は常に花で飾られています。月命日にはお参りに来ていることや、母の友人の皆さんがお墓参りに来てくれているからです。お寺から墓地までの階段を上る時、小さい頃からよく母と一緒にここに来たことを思い出しました。小さい頃は手をつながれながら階段を登りました。成長するに連れて一緒にお墓に行くことはなくなり、母が一人でお参りしていた時期がありました。
その後、僕も年齢を重ねて人生が分かってきたので、また一緒にお墓参りに行くようになりました。年老いた母は階段の上り下りがきつそうで、「言っている間に階段が登れなくなるから、お墓参りは章浩に任せよう」と話していたこともあります。そう言いながら手摺りを持ってゆっくりと階段を上り、お墓参りを終えた後もゆっくりと階段を下ります。いつの間にか階段を上り下りする速度は僕の方が早くなり、年老いていく母の姿を寂しく思ったものです。
昨年の暮れからは一人でお参りするようになり、お墓の前での寂しさが募ります。お墓の掃除をしてからお花を供え、線香をたいてお祈りします。ふとお墓と周囲の光景を見ると、無性に寂しくなり涙が零れそうになります。
僕が小学生の時から昨年までの、母と一緒にお墓参りをした時の光景が浮かんでくるようです。お墓や実家など思い出の場所に立ち入った時に感じる、何とも言えない寂しさがあります。寂しさの中で母のことを思い出すのです。そんな時、いつも母は静かに微笑んでくれています。無限の愛を授けてくれているように感じます。
そんな母が好きな花は秋桜です。秋桜が好きな理由を僕は想像できます。僕は10月生まれだから秋の花、秋桜が大好きだったと思っています。
各月に開催している日本刀の会に参加しました。日本刀を見て楽しむ。話を聞いて楽しむ、知識を得て楽しむ。そんな楽しさを感じさせてくれる会です。今日は珍しい袋槍を拝見しました。この元になったのは紀州藩技術なのですが、この袋槍は愛好家でも珍しいものだそうです。この槍が登場したことで戦術が変わったと言います。歴史から見ると、紀州はいつも独創的な考え方をするようです。