活動報告・レポート
2018年11月17日(土)
実家を後にする
後援会役員会

後援会役員会を開催しました。10月に実施した「感謝のつどい」のお礼と母の葬儀に関してのお礼などを伝えました。「感謝のつどい」では役員の皆さんのお蔭で無事終えることができました。企画、準備、会場でのお手伝いなど、スタッフの皆さんに感謝の気持ちでいっぱいになりました。また今後の活動スケジュールの確認を行い、来春に向けた活動をスタートさせることにしています。

葵会総会

第57回葵会総会にお招きをいただきました。会員と来賓合わせて約100名が参加し、交流を深める機会となりました。開会にあたって挨拶の機会をいただき県議会三期目でのエネルギー関連項目の主な提言について説明をさせてもらいました。

平成27年は関西経済を和歌山県の大型発電所が支えていたことから、政府に対しても火力電源の重要性を理解してもらうことを提言しました。この案件は政府要望をすると共に和歌山県長期総合計画にも位置づけられました。

平成28年度は原子力発電所再稼働の仮処分についての知事のコメントを紹介しました。和歌山県経済と私達の生活、そして関西全体への影響などの観点から、知事が見識のある発言をしてくれました。

平成29年度は大型の開発計画を伴う太陽光発電の問題について議論を交わしています。大型の台風や集中豪雨などの被害が発生している中、再生可能エネルギーのための林地開発許可の取り扱いに関して議論を重ねました。その結果、この問題に関して条例化を図り、対応することになりました。

そして平成29年度は台風第21号への備えと復旧過程における課題を整理していることを説明しました。今回の大型台風を教訓にして災害に備え県土の安全性を高めると共に、被害が発生した場合の復旧と和歌山県とインフラ企業との協力体制について協議を進めていることを説明しました。

県議会三期目、11年7か月議会活動の中から、エネルギー関連の提言と成果について説明を行いました。その後、会員の皆さんとの意見交換をさせていただきました。皆さんから感想を聞かせてもらいました。

「応援したいと思う話を聞かせてもらいました。片桐君なら自信を持って紹介できる人だと思いました」。

「三期目になっても初心を忘れないで変わらない活動をしてくれていますね。安心してみていられます」。

「若い頃の片桐君と変わっていないので嬉しく思います。若い頃から他の人と違っていたことを思い出しました。こうして成長してくれていることを嬉しく思います」。

皆さんから聞かせてもらった話は大きな励みになります。

実家を後にする

母が亡くなったのが平成30年11月10日ですから、もう一週間が経過しました。時間の経過は本当に早く寂しさを募らせてくれます。母がこの世を去ってから、もう一週間も経つなんて信じられない思いと無常さを感じています。今週、月曜日、母の葬儀に際して弟がベトナムから帰国して実家に来てくれて以降、僕と一緒に実家に泊まってくれています。母がいない実家は寂しさと思い出ばかりで、二人で長い時間一緒にいても寂しさと思い出話ばかりになります。

母は僕たち兄弟の思い出のものを保管してくれていました。そのファイルを見つけた時、ページが涙でめくれなくなりました。「こんな些細なものまで保管してくれているんだ」と思うと、改めて母の愛の深さを感じてしまったからです。名前が掲載された新聞記事、学生時代の賞状など全てが僕たちの足跡と成長の記録です。自分達がなくしてしまった過去の記事や記録をきれいに保管してくれていたのです。

これらのファイルを、母は幸せに感じて保管作業をしてくれていたのでしょうか。子どものことを思う母の気持ちに触れて涙してしまい、片付けることはできませんでした。母は物を大事にしていたので、たくさんの物がきれいに保管されています。母が物を大事にする性格だと知っているので、その気持ちを思うと、どんな物であっても捨てることも整理することもできません。

中でも母の携帯電話、母の時計、ブレスレット、家と自動車の鍵、携帯電話のストラップ、気に入っていたぬいぐるみなどは引き取って僕と一緒にいてもらおうと思っています。

今日も実家には多くの弔問の方が来てくれました。弟や親戚の方々と「賑やかにしてくれて母も喜んでいるね」と笑顔で話しあいました。これだけ素敵な友人達に好かれている母だったと思うと、嬉しさと寂しさが込み上げてきます。

友人のYさんは天ぷらを供えてくれました。毎月、第三土曜日は母とYさんが朝4時頃に起床して、和歌浦の漁港まで天ぷらの販売に並びに行っていた日です。ここでは市場価格よりも安価で買えることと、先着10名にかまぼこがプレゼントされることが特長です。母はそのために夏も冬も朝早く起きて並んでいたのです。

母が並んで買っていた目的は、天ぷらやかまぼこを自分が欲しかったからではありません。たくさんの天ぷらを買って、お世話になっている友人達に配布したかったからです。天ぷらを渡した時に友人達が喜んでくれる顔を見たかったからなのです。喜ぶ顔が見たい。そのために朝4時に起きて和歌浦に行き並んでいたのです。優しさ、友人達を大切にする気持ちがひしひしと伝わってきます。そんな大切な天ぷらを受け取り、母がお世話になった大切な皆さんに持ち帰ってもらいました。

来客が去った後、弟と二人になりました。いよいよお別れの時間が迫ってきました。「もう一週間も経ったのか」と一週間の過ぎる早さを感じながら、自分たちの宿泊荷物をまとめ始めました。

荷物をまとめ後片付けをして、部屋を見て回り、電気を切って、実家の鍵を閉める。こんな悲しい行為はありませんでした。実家はいつも母が温かく迎えてくれた場所でした。

実家に行くと「よく来たね」と笑顔で迎えてくれて、食べきれない程の食事を作ってくれて、食べ終えた後はオリジナルのコーヒーとデザートを出してくれて、帰るときにはいつも「食べ物ある?食べないとダメだから」、「無理をしないようにね」と聞いて、ペットボトルのお茶や健康ドリンク、パンなど「明日食べて」と言ってくれていました。

帰る時はいつも運転する車が見えなくなるまで見送ってくれていました。ルームミラーから母の姿を見ながら冬は「寒いから早く家に入って」と思いながら、ルームミラーを見ていました。いつも母は家に入っているか心配しながら帰ったことを思い出しました。

いっぱいの優しさで包んで育ててくれたこと。いつも温かく包んで見守ってくれていたこと。辛いことや嫌なことがあった時には僕の話を頷きながら聞いてくれたこと。答えは「もうほっておきなあよ。」というものでした。この言葉にどれだけ安心感を持てたことでしょうか。

こんな当たり前のことが愛に溢れた温かいことだったと気づきました。平静を保っていた弟も悲しみで号泣してしまいました。

外から見た電気の灯らない実家を見ました。こんな暗い実家は初めて見ました。いつも温かい母がいたからです。「母のいない実家はこんなに寂しくて悲しいものだったのか」。そう思うとふらついて倒れそうになりました。母のいない実家の前に立つ、こんな寂しくて悲しい場面はありません。

いつも優しさと温かさに包んでくれて、辛い時は話を聞いてくれて、食べ切れない程のたくさんの夕食を作ってくれて、「疲れたらいつでも休みにおいでよ」、「食べないとダメですよ」と心配して話してくれた母。母がしてくれた全てのことに感謝です。何気ない言葉と迎えてくれる態度の中に、溢れる愛情が込められていたことを痛感しています。それを感じられていることを嬉しく思いますし、もう接することができない悲しさに打たれています。

母に「今まで本当にありがとう」と伝えたいと思います。「ありがとう」の言葉以外の言葉はありません。「本当にありがとう、ありがとう」。