活動報告・レポート
2018年4月8日(日)
竈山神社雄誥祭
竈山神社雄誥祭

竈山神社で最も重要な日が5月8日です。

「片桐章浩を応援する会」では年に二度、竈山神社の清掃活動を行っていますが、平成30年は5月8日に清掃をしたいと話し合っていました。ただ平日であることと「雄誥祭」当日は式典などで清掃をする間がないということなどから、5月20日に清掃をすることに決定したのです。本来であればこの「雄誥祭」の日に実施したかったので、検討をしていたのです。

そんな時、僕のホームページの活動報告を読んでくれた方から、5月8日が「雄誥祭」の日であることを教えてもらいました。「4月28日に竈山神社でスケボー応援イベントを実施するようですが、その場で是非、5月8日のことを皆さんに周知して下さい。比較的新しいスポーツであるスケボーを応援するイベントを、歴史ある竈山神社の理解を得て実施することは、日本の大切な歴史と結びついた素晴らしいことです。わが国の歴史がスケボーを応援してくれることになると思いますよ」と話してくれました。

確かに「雄誥祭」に近い日にスケボー応援イベントを開催することは、歴史が招いてくれたご縁だと思いますし、東京2020オリンピックに向けて和歌山県から弾みをつけるような意味のイベントになると思います。

この「雄誥祭」の由来を竈山神社関係資料から引用すると次の通りです。

「竃山神社の主祭神は彦五瀬命(ひこいつせのみこと)。古事記等によれば、彦五瀬命は神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ、後の神武天皇)の兄で、神武天皇の東征はこの二人の兄弟の合議によって決定されたものでした。その後、筑紫、宇佐、阿岐、吉備などを経て兄弟が浪速国の白肩津(東大阪周辺)に着いた時、兄弟の軍勢は長髄彦らに襲われ、兄の彦五瀬命は矢に撃たれてしまいます。その時、彦五瀬命は弟の神倭伊波礼毘古命に向かって『自分達は日の神の御子だから、太陽の上る方角である東に向かって戦うのが良くなかった。南から廻り込んで、太陽を背に西に向かって戦おう。』と進言したので、海路で南方へ回り込むこととしました。そして、紀の国に上陸した所で傷が悪化したため、彦五瀬命は『賊に傷つけられて死ぬとは』と雄叫びをあげました。それ以来、この地は雄水門(おのみなと、男之水門)と呼ばれることになったのです。(雄水門の位置には諸説あるようで、学術的には泉南市男里という説が優勢のようですが、私としては和歌山市の水門吹上神社付近説を採りたいところです。)そして、雄水門から竃山への進軍の道中で彦五瀬命は息を引き取ったため、その亡骸は竃山に葬られました。この霊を祀っているのが現在の竈山神社です。つまり、竈山神社は初代天皇である神武天皇のお兄様の終焉の地なのです。」ということです。

そしてこの落命した日が5月8日。その日は毎年、竈山神社で最も大事な神事である「雄誥祭」が開催されていることになります。

現代と過去を結び付けてくれる。私達の思いと過去の人達の思いが交錯する。歴史の巡り会わせとは不思議なものです。

カット

高校の同級生のカット屋さんでの時間を楽しみました。突然、高校時代の英語の授業の話になり、「高校生の英語は難しかったよね。単語や述語を書き写したり、発音記号を読んだりしたことを思い出します。現在はインターネット教材を活用していると思いますから、勉強方法も随分変化していると思います」。

英語の先生の「Can you say?」の質問の呼び掛けを懐かしく思い出しました。

人生は思い出を創るためにある。そんな言葉を思い出します。