活動報告・レポート
2017年10月15日(日)
交流会
交流会

親しくしてもらっている皆さんとの交流会に参加しました。事前に「片桐さんと会うことをみんな楽しみにしています」と言ってもらっていたので、楽しみにしていました。

会の始まりに際して議会報告書を配布するなどして日頃の活動を紹介しました。議員は議会で発言をすること、一般質問をすることが命ですから、議会報告書を読んでくれた皆さんから「片桐さんは議会活動していることが分かりますし、熱心に議会で発言していますね。応援している甲斐があります」などの意見を聞かせてくれました。

また主催してくれた方から、「今日はこれだけの時間、片桐さんがいてくれたのでたっぷりと話をする機会が取れました。こんな機会を持ってくれたことを嬉しく思います」と話してくれました。

物事の基礎

物事にはお互いが共通認識している前提というものがあります。大人の会話や議論には前提があってその先の議論に進むことができるのです。前提が通用しないのは、子どもに説明をする時や文化が違う外国人に自国の常識を含めて説明をする時、或いは違う企業の人に説明をする場合など、文化が違う相手に説明をする時が主なケースです。

同じ企業、同じ組織の人に対する説明は、そこで当たり前となっている前提は省いて説明を進めることが当たり前です。同じ会社の人に自社の説明を説明してからプレゼンの本題に入る人はいません。同じ組織の人に対して、その組織で守るべき価値観を説明してから本題に入ることはありません。

しかし本題に入る前に前提を説明する場合があります。それはその前提を変えたいと考えている場合です。

ライオンズクラブを例にとって示します。社会貢献活動の一つとして献血活動を実施しています。もし自クラブがライオンズクラブとして献血活動は不必要と考えるなら、献血活動をする意義、過去からの経過、国際協会の方針が時代に合わなくなっているなど、献血活動を推進する前提となっている条件を説明し、それをしなくても良いということ、つまり否定するための説明をする必要があります。

お互いに理解しあっている前提を説明し、次にそれが不必要になっている理由を説明し相手を納得させることがプレゼンテーションです。

もしクラブの方針がこれまでの前提に沿ったものであり、更に発展、強化していく性質のものであれば前提の説明は省くことが通常です。

ライオンズクラブの場合、クラブに所属していることに誇りを持ち活動することがお互いに理解している前提です。ですから「私達は誇りを持って活動する」という説明は抜きにして当然のことです。誇りを持って活動することはライオンズクラブ員としては共通認識であり、余りにも当然のことだからです。

ですから、もしクラブとして「格好良くて楽しい活動を目指す」と説明する場合の本質は、「ライオンズクラブ員としての誇りを持ちながら、更に格好良くて楽しい活動を目指すことで、もっと私達の活動が社会に認識され存在が認められることになり、そのことがもっと誇りを高めることにつながると思います。だから私達は格好良くて、楽しい活動を目指しています」ということなのです。

同じ組織で同じ価値観を有している人同士の場合、しかも短時間で説明をする場合は、このような前提は説明を要しません。ですから言葉の端だけを捉えて「格好良いこと、楽しいことだけを追及するのは如何なものだろうか」という疑問を持つことはありません。

もし小論文を書いて説明しなければならない場合は、まず前提を書き、提案したい自分の考えを書き、その考えが正しいと思われる事例の説明を行い、その後、前提に沿った結論を導くのか、前提を覆す結論を導くのかなどのまとめを書くことになります。

小論文であれば組織や会社で通用している前提を多くの人は知りませんから、まずそのことを説明しなければ、いきなり自説を説明しても、読む人が「それが妥当かそうでないか」の判断ができないことになります。

または説明するために十分な時間があって、自説を正当化する裏付けを強化したい場合は前提を説明することはありますが、それでも会社の幹部や組織の幹部に対して組織内で共有されている方針や価値観などの前提をわざわざ説明することはしません。

教育は社会で当然とされる前提を教えることにあります。いちいち前提から説明をしていると時間がかかるので仕事にならないからです。教育はその国で社会生活をするために必要な知識を付与するものです。同じ時代、同じ国であれば、教育を受けている国民は当然、その知識を有しているという前提の下で説明を行いますし、共通の前提に基づいて仕事は進められます。

ですから「前提を説明していないからそれを否定して新しい価値に基づいた活動に転換している」とは誰も思わないことが通常の価値観です。

社会生活、組織で活動をする場合の前提とは何か。当然とされている前提を都度説明する必要性はあるのかを考えました。やはり組織内で共通認識となっていることは、何か意図がない限り説明する必要はないと考えます。