「夏の集い」に参加してくれた経営者と話をしました。そのKさんから「大盛況でしたね、片桐さんの人柄の賜物だと思います」と話してくれた後、「現場に行っているところが強みですね」と伝えてくれました。
続けて「『夏の集い』に参加していた何人かの知り合いの方がいました。その中の一人でTさんとお会いしました。片桐さんもご存知のとおり、Tさんは長い間、代表を務めていますが、今でも現場に出て行っている方です。机上ではなく現場を知っていることがTさんの強みです。現場を知っている経営者は社会動向の変化に対応ができるので強みとなります」と話してくれました。
この話のように、会社経営でも政治でも現場を知ることが何よりも大事だと思います。現場を離れてしまうと情報が入ってこなくなりますし、現場で起きていることが分からなくなります。そして会社であれば従業員さん、政治であれば地域の皆さんの声が聞こえてこなくなるため、役割として求められる必要な判断ができなくなります。
判断力は情報収集力に基づくものです。情報が入ってこなければ的確で迅速な判断をすることが難しくなります。そんな大切な情報は現場に行くことで入手することが出ますし、現場で人から直接聞くことで本物の情報を得られるのです。
情報は直接得るのと間接的に得るのとでは明らかに違うものになります。直接聞く情報は生の情報ですから加工されていない状態です。ところが間接的に聞く情報は間に入っている人の主観が入り加工された情報になります。主観が入るということは、その情報を聞いた人の好き嫌いや価値観によって違う姿のものに加工されていることになります。
その情報によって判断をすると、判断を誤ることにつながりかねません。たった一人が間に入ることによって情報は違った姿になる場合がありますから、その情報を基にして、元 にたどり着いておくことが大事です。
議会原稿や論文などを書く場合、意見を補完するための文献などで引用されているセンテンスをそのまま引用する、つまり孫引きをすると、その文章の使い方を誤る場合があります。やはり文章を引用する場合は原点までたどり着くことが必要なのです。
情報も同じことで、情報を発信している人までたどり着くことが大事になります。そのためには現場に入ること、直接、現場の人の意見を聞くことが求められるのです。現場に入ることを怠ると判断を誤る場合がありますから、本質に近づくためにも現場を離れないようにしたいものです。
Kさんは最後に話してくれました。「従業員から『責任者が現場に来ない』と言われるようではいけません。常に、責任者が現場を意識してくれていると思ってもらえなければ会社が怪しくなります」と伝えてくれました。このように、人と人との出会いから教訓を得られることがありますから、現場に立つことが大事なのです。
ホームページの活動報告を見た人から意見をいただきました。
「高野山の無量光院に行かれたのですね。素晴らしいことだと思います。無量光院は平安時代の白河天皇の第四王子覚法親王が創建した寺院です。そして、かつて陸奥宗光が江戸に行く際、無量光院のお付の立場で江戸に上ったのです」という逸話を聞かせてくれました。
江戸時代は藩を超えて個人で移動できる自由がなかった時代ですから、江戸に行くことは大変なことだったのです。才能があると見込まれた陸奥宗光を江戸に出したいと思った人達は、高野山の無量光院が江戸に上るときのお連れとしての立場を陸奥宗光に与え、江戸に到着した後に御役を免除するという形を整えたということです。
一人の人が出世するまでには、その人を応援する多くの人の支えがあることが分かります。才能があっても人から好かれない限り世に出ることが難しいのです。ですから人から好かれることも才能の一つだと思います。
さて無量光院を訪ねたことで、今回の陸奥宗光とのつながりの他、織田信長にゆかりがある寺院であることを知ることになりました。ご縁の不思議さを感じるものですし、一つのことからの広がりが歴史の面白さであり勉強だと思います。この話を掘り下げたいと思っています。
防災用品研究所の会合があり参加しました。日常から災害に備えること、そして万が一大災害が発生した時の避難体制を整えておくことを目的に設立した団体ですが、今秋に同会として防災訓練を実施する計画を立てています。その前に会の目的や活動について周知するための機会を持つことなどを協議しました。
九州を襲った豪雨被害などの状況があるように、日常からの意識付けと大災害への備えは必要です。今不足しているものが何なのかを洗い出しているので、今後、何ができるかを検討していきます。