活動報告・レポート
2017年2月25日(土)
陸奥宗光像
陸奥宗光像
陸奥宗光像

和歌山市岡公園にある陸奥宗光像を見に行きました。公園内は工事中のため、道路からは像が隠れた形になっているので、現在は訪れる人は少なくなっています。少し寂しい感じがするため、時々、訪れて変わらぬ姿を拝見しています。平成29年は大政奉還から150周年の年であり、平成30年は明治維新から150周年を迎えます。そんな節目の時に、幕末から明治にかけて、近代国家を築くために活躍した郷土の偉人、陸奥宗光像が注目されていないことをここに立って寂しく思いました。京都市や高知県ではこの機会を捉え、幕末に活躍した郷土の偉人達に脚光を浴びせて歴史教育や観光資源として活用しているからです。それらの都市と比較して和歌山県に見えるような形での動きが感じられないことを寂しく思うのです。

陸奥宗光像

高知県立高知城歴史博物館では、坂本龍馬が夢見た「新国家」の記述がある暗殺の5日前の手紙を展示する「幕末維新博」が開催される予定で、全国から注目されています。この「新国家」の手紙は、福井藩士の三岡八郎を新政府に出仕させるように同藩重役で京都滞在中だった中根雪江宛に書かれたものです。日付は慶応3年(1867年)11月10日ですから、まさに暗殺の5日前のものとなっています。

「幕末維新博」は「幕末から明治維新からにかけて、京や江戸から遠く離れた土佐の山奥から、なぜ多くの若者が維新の志士となって飛び出し、またその後の自由民権運動に関わっていったのか、当時に思いをはせ、彼らを育んだ時代につながる土佐の風土、文化・食・自然などを知っていただくため『志国高知・幕末維新博』を開催いたします」と紹介されています。

このように新しい日本を創るために「新国家」という言葉を初めて使った坂本龍馬ですが、この表現に関して京都国立博物館の宮川禎一さんは「藩の利益を考えている場合ではない、日本として朝廷中心の国づくりをしようと、その旗として使った言葉でしょう」と指摘しています。(産経新聞。平成29年2月24日。朝刊14面)。

坂本龍馬が陸奥宗光に宛てた手紙もあり、「新国家」の手紙と共に、この機会に和歌山県で展覧することも考えられることです。坂本龍馬と陸奥宗光の関係からすると興味を引く展覧会になる筈で全国から注目される展覧会に仕上げられると思います。

陸奥宗光像

陸奥宗光像を前にして、「和歌山県が近代国家に尽力した県だから、他の府県に発信力で負けることはならない」と語り掛けてくれたように感じました。

自宅にある津本陽氏の「叛骨・上」表紙に「盟友・龍馬の死と不遇の青年時代。近代国家を創った男の怒涛の前半戦を描く」と帯に書かれていました。平成29年は坂本龍馬没後150年、陸奥宗光没後120年の年でもありますから、幕末に注目が集まっている今年から来年にかけてが、郷土の偉人を売り出すために大切で、近年では唯一の機会となります。

和歌山県の志は何か、郷土の偉人から何を学ぶか、偉人の功績を観光にどうつなげていくのか。今回の議会で議論を交わしたいと考えています。

親睦応援団

第4回、片桐章浩親睦応援団の懇親会を開催してくれました。昨年発足したこの会は昨年3回開催し、今年初めての開催となります。懇親会場を満員にしてくれた役員の皆さん、参加して激励してくれた皆さんに感謝しています。皆さんとの懇親機会と懇談する中から困っていることなど聞かせてもらいました。

建設に関わる仕事は和歌山県では少なく、大阪市内まで仕事に出掛けている現状や、建設の仕事を希望する人が少なく、このままでは将来、技術者が不足することの提言もいただきました。現場の仕事で和歌山県を支えている人達の意見を聞くと、和歌山県の工事現場を支えている人達の思いを届けなければと思うばかりです。

皆さんと共に県政を発展させたいと考えています。

ミニライブ
ミニライブ

京都から和歌山市にライブで来てくれた「すいびた」の2人が、ライブ終了後、京都に帰る途中、懇親会場に立ち寄ってくれてミニライブを行ってくれました。「ライブ終了後に時間があれば懇親会場に来て下さい」という先週からの依頼に快く応じてくれて、京都までの帰路、来てくれたものです。

曲は3曲とアンコール1曲の4曲を、会場が盛り上がるような選曲をして歌い上げてくれました。ライブでは皆さんの楽しさと熱気が伝わってきました。一度、彼らの音楽を聴くとファンになると思います。今週は和歌山市内で3回のライブを実施してくれました。和歌山市の音楽シーンを、地元和歌山市のシンガーと共に盛り上げてくれることを期待しています。