ロイネットホテル和歌山にて、古川カウンセリングルーム・サマンサ鍼灸サロン10周年祝賀会を開催しました。古川先生は平成16年9月1日にカウンセリングルームと鍼灸サロンを開業してから10年目を迎えています。開業の時の発足の会に参加したのが昨日のように思いますが、もう10年目を迎えています。時の過ぎ行く速さに驚くばかりです。
今日、実行委員は午後1時30分に集合して、配布物の準備、受付の用意、進行の確認と打ち合わせなどを行いました。約半年前に実行委員会を発足させてから今日まで準備を行ってきました。本番当日を向かえ心地良い緊張の中で作業を進めました。
司会のNさん、記録撮影をお願いしたKさんにも打ち合わせに加わってもらって準備を終えることができました。式次第の変更がありましたが、司会のNさんは見事に会を進めてくれることになります。
さて祝賀会は古川先生の挨拶からスタートしました。ここで知ったことは、10年前の開業の前日、不安で眠れない時があったということです。「お客さんが来てくれるだろうか」、「一人も来ないのではないだろうか」と思うと、不安感に心が支配されたといいます。社会で必要とされているカウンセリングだからきっと大丈夫と思って開業したのですが、それでも開業前夜は不安が襲ってきたことを知り、人は困難を乗り越えて幸せを掴んでいることを知りました。順風満帆に進む人生は少なくて、困難に打ち勝って今の人生が作られているのです。最初から安定しているものはありませんし、安全な旅立ちもないのです。
壇上から参加した皆さんが、古川先生に伝えるメッセージは素晴らしいものばかりでした。全てが素晴らしいスピーチでしたが、その一部を紹介します。
高校を不登校で過ごしていた女生徒は、古川先生と出会い不登校は悪いことではなく、それに負けることがいけないことだと気付きました。そして不登校であっても留学する道があることを先生から聞き、頑張って現在はニュージーランドへと進学して毎日を過ごしています。
自分で覚悟を決めて初めてニュージーランドの空港に降り立った時、不安に襲われてどうしようと思ったようです。しかし負けてはいけないと覚悟を決めて道を切り拓いています。最初の四ヶ月は英語が分からなくて、どうしようもなかったそうです。
外国に一人で旅立って得ているものがあります。それは両親への感謝の気持ち、諦めない気持ち、悩みがあっても自分の力で切り抜ける覚悟、そんなことを学び、身に付けています。一人で外国に旅立つことは素晴らしいことですし、そこで耐えて勉強していることはもっと素晴らしいことです。負けてはいけない。ここで逃げたら負けの人生を過ごすことになるから、絶対に道を切り拓くという覚悟を見ました。
そこで人の役に立つ人間になること、社会で必要とされる人になること、悩んでいる人を助けられる人になることという目標を得ています。目指すべきは古川先生のように人に優しく、人の悩みを聞いてあげられる人になることです。一人の女生徒を困難から導いて、新しい道を切り拓かせた話に感動しました。
また中国からの留学生のOさんの話も感動しました。日本に留学した当初は、言葉が通じないことやコミュニケーションが図れないことから悩んでいましたが、古川先生が声を掛けてくれたそうです。話し掛けてくれたことで困難を乗り越えられたと話してくれました。人は一人では生きられません。助けてくれる人、親切にしてくれる人がいるから生きて行けるのです。Oさんは北京大学医学部を卒業して日本に留学していた才女です。古川先生に支えられたことから現在は日本で鍼灸整骨院を開業しています。
自分の言葉でスピーチする場面は感動します。与えられた原稿ではなく、予定されているシナリオではなく、自分の言葉で思いを伝えることは、人に感動を与える力を持っています。すばらしいスピーチをしてくれた皆さんに感謝しています。ありがとうございます。
そして2時間30分経過後、閉会の挨拶をさせていただきました。
お集まりいただいた皆さんへ、本日はありがとうございます。そして最後まで残っていただき、古川先生と楽しい時間を過ごしてもらえたことに感謝しています。古川先生は、今日の日をとっても、とっても楽しみにしていました。昨日も遅くまで、楽しみで仕方ないとメッセージをいただいたほどです。楽しみにしている理由は、皆さんと会って一緒に10周年をお祝いする時間を過ごせるからです。今日案内させていただいた皆さんは、古川先生が是非、来て欲しい、一緒に楽しみたいと思っている人ばかりです。
代表してスピーチをいだきましたが感動しました。発足させた実行委員会はヨチヨチ歩きでしたが、手作りの心に残る祝賀会にしようと話し合って企画を考えました。派手さは必要ないから、自分の言葉で伝えてくれる人に登場してもらおうと考えたのです。皆さんに感動が伝わったことだと思います。
そして古川先生が今日を楽しみにしていたのは、もう一つの理由があると思います。私の想像ですが、10周年という年を節目の時とすることで明日からもっと頑張れると思ったからだと思っています。10年間頑張ってきたことを振り返り、この次につなげるためには、10年目を区切りの年にする必要があったのです。節目を持つことなく10年目、11年目と続いていくと、このままで良いのかなと思うことも考えられます。これから20年目に向かうにしても、節目があるから次の節目の年を迎えるのだと思います。
古川先生が、10周年が最後だと言ったことがありますが、もし20周年目を迎えられないとしたら、それはたった一つのことが現実になった時です。人間関係において悩みがなくなり、不登校や社会的ひきこもりなどで悩んでいる人がひとりもいない社会が実現した時、20周年は迎えられないと思います。でも理想ですが、そんな社会の実現は難しいことです。
そこで古川先生とご縁をいただいた私達が、周囲にいる人達の相談に乗ることや、自分が幸せになり悩んでいる人を助けられる人になることで、古川先生の目指す社会が近づくと思います。そんな社会を、古川先生を囲むメンバーが実現させていく力の中心になれたら、素晴らしいことだと思います。一緒にそんな社会を目指し、幸せになれることを願って、実行委員会を代表しての挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。
皆さんの協力を得て祝賀会を終了することができました。皆さんに深く感謝しています。