活動報告・レポート
2014年8月13日(水)
武士道
武士道

戦いに関する話を聞かせてもらいました。強い相手と戦う時は、どうしても従うことを選択しようと考えます。軍門に下ることは容易い選択ですが、一度軍門に下ると反論することはできなくなります。もし将来の抱負を持っているのに、今戦うと負け戦になると考えた時の対応は戦いを避けることです。しかも一定の勢力を保ち相手に脅威を感じさせるような陣容を持ち、軍門に入らないという選択をすべきだそうです。

歴史から学ぶことは、強大な権力であっても長く続かないということです。負け戦を戦うことよりも、今は身を引いて戦える時期が来るまで無用な戦いを避けることだそうです。

巨大な勢力の力を借りて権力の立場に立った人が利口な人であれば、自分の力を試したいと考えるようになります。その時、自陣から反論があって行き詰った時に協力態勢を取ると力を発揮できます。過半数を取れない陣立てであっても、協力するだけの自陣の体制を整えておくことで機会は現れます。無謀な戦いの結果、敗れた陣に対して支援を求める権力者は余りいません。機会を伺うことは歴史から学ぶべき重要な戦略です。

武士道とは死ぬことを見つけることだと言われますが、武士の最大の武器は自分の命です。自分の命を最高に高められる場所で、最高の価値を生み出す機会で投げ出すことが武士の魂だと聞きました。生きることの価値よりも、死ぬことで名を残すことや子孫が繁栄するために役立つ死に方を選択することが武士道だそうです。

武士は自分の死に場所を見つけて、そうなるような歴史の舞台を整えてから登場しています。死を覚悟した人は自ら、後世に残る歴史の舞台に立とうとします。死した後の歴史に名を刻むことを最大の名誉と考えたようです。

今の時代は自らの命を差し出して死ぬことに価値はありませんが、その覚悟に学ぶことがあります。自分が進むべき舞台を確保するために負けない戦い方の準備をすること、そして言われるままの神輿に乗らないで時期を見極めること。そんな機転を利かせることが勝てる要素となります。

初盆

Iさんの自宅を訪問しました。Iさんのおばあさんが亡くなって迎えた初盆なのでお参りさせていただきました。「片桐さんが来てくれるなんて、おばあさんも驚いていると思いますし、喜んでいると思います」と歓迎してくれました。ご家族の皆さんが温かく歓迎してくれて、たくさんの話をさせてもらいました。政治に関心があるので、「和歌山市政の今後に関しては関心事だ」と聞かせてもらいました。「和歌山県と和歌山市が協調するのは大切ことですが、主従の関係にはならないで欲しい」という意見です。

また訪問をとても歓迎してくれていることが態度と言葉から感じることができました。言葉や態度によって人は接し方が違ってきます。こんな素晴らしい時間であれば、どれだけでも居たいと思うほどでした。

傷害厚生年金

障害厚生年金のあり方が話題になっています。平成26年7月の大阪地裁の判決は、難病などの初診の時期を証明するものやカルテがなくても、適切と認められる場合は障害厚生年金の支払いを国に命じる判決です。難病の場合、初診の時にその病名であると診断されていないことがあります。特に今から20年も30年も前に初期症状があらわれている場合、当時の医療ではMRIやCTなどがなかったことや、診療科目が細分化されていなかったことから、初期症状の時から難病だと判断することはそれほど多くなかったと思います。

今回の相談の場合、難病に認定されるまでには約30年という長い年月を要しているので、初診の時のカルテも存在していませんし当時の医師も今ではいません。

そこで初診の証明をするものとして友人や知人が当時のことを証言する書面があれば、国が傷害厚生年金の書類を受け付けてくれるというものです。書類を受け付けても結果が保障されるものではないのですが、少なくとも大阪地裁の判決は社会情勢を反映するものとして、同様のケースの場合は声を上げたいと思います。

これまでは十分に納得できる対応がなかった事例でも、国に対して意思表示をしたいと考えています。難病によって障害手帳の交付を受けている方は大変な思いをしています。ただ障害手帳の交付を受けていても、障害厚生年金の受給を受けていなければその意味は半減します。課題と認識して対応していきます。